当然、黒ニットにシルバーアクセのおじさんをオシャレなどとは誰も思っていない。「オシャレ」と言ってほしいだろうなと思うからだ。女子たちは、トレンドを取り入れている彼らおじさんたちの姿に「褒められたい」というメッセージを敏感にかぎとり、全然いけてないけど頑張ってオシャレしている彼らの本質を察知し、その場を円滑に済ませる妥当な言葉をすぐに探し当てる。

 そもそも、「オシャレですね」は姿形全体から服の頑張りが浮き出ているから発せられるのであって、全体がバランスよく自然にすてきだなと思わせる場合には発さない言葉だと思っておいたほうがいい。

好かれる上司と
嫌われる上司の境目

 逆に、彼女たちが陰でよく使っていた表現は「おっさんのくせに」というものであった。 「おっさんのくせに」は確かに悪口だが、必ずしも年齢や肉体的な老化について言われるものではない。

 当時のXROSSに遊びに来る女子たちは、ほかのクラブにいる煩(うるさ)い若い男子よりも、落ち着いたおじさんの方を好む子が多かった。そんな彼女たちの「おっさんのくせに」は、若い男の子が分不相応な高級車やすし店を利用していたら「ガキのくせに」と嫌みを言われる構造と同じで、一般的なオジサンのイメージと黒ニットオジサンたちとのギャップが良い意外性としては機能していないことを意味していた。

 そして、「おっさんのくせに」と対極にあるのが「おじさんくさい」だ。

 こちらの問題は若作りではなく、諦めや無頓着で投げやりな気持ち、「どうせ若者にはかなわないし」という、すねた態度である。

 自分に似合う服装や好感度の高い服装などへの探究心や意識がなくなり、単純に言えば、おしぼりで顔を拭く、食べた後にすぐつまようじをくわえる、ヒゲ以外の顔の体毛が伸ばし放題、体臭・口臭ケアが不十分など、人から見られる意識がなくなれば、これ「おじさんくさい」に突入である。

 こうした、劣化に開き直った態度が好かれないのは当然だ。だが、一方で「おじさんくさい」を嫌悪し、回避しようとした結果、「おっさんのくせに」のわなに絡め取られている人が多いのだ。

 私がかつて企業で働いていた頃、既婚・独身にかかわらず、部下の女性から頼りにされたり、好かれたりする上司と、別に悪いことをしていないのに全く愛されない上司の境目について何度か考えた。

 もちろん、顔がかっこいい、背が高く清潔感がある、といった要素と無関係ではないが、中には特別秀でた外見でなくとも尊敬され、信頼されるおじさんというのがいて、彼らの特徴は、決して若者と同じところで戦おうとはしていないことだった。

 彼らは確かに老いによって失った体力や肌のツヤはあるだろうが、若者にはない武器もたくさん持っている。お金、落ち着き、肩書、社内での立場、経験、知識などなど。

 そして自分が失いつつあるものにしがみつき、得ているものに無頓着であればあるほど、人の振る舞いや見た目は滑稽になる。

 逆に、自分が勝負すべきところがどこであるかを把握し、武器を使いこなせば、生涯現役なんていう言葉は決して一部の強者に限定されるものではないように思えた。

 世界一色気のある男と言って思いつくジェームズ・ボンドだって、20代の役者には務まらないであろうし、それなりに年を重ねて身についた説得力のある余裕こそが彼の魅力でもある。

 スーツは年収の100分の1くらいの値段が妥当だといわれるが、都内にマンションと車を持つことが20代の男性にしてみればかなり現実味のないものになりつつある2020年現在、普段身に着ける品物にそれなりの代金を支払えるおじさんの財力は武器となる。