幼少期に最も重視すべき教育は何か。『伸びる子どもは○○がすごい』(日経BP社)の著者である榎本博明氏は、人生を左右するほどのとある能力を育むことが、何よりも大事であると説きます。(心理学博士 MP人間科学研究所代表 榎本博明)
IQ教育の伸びは
長続きしない
幼少期の経験がその後の人生を大きく左右するというのは、よく言われることである。
たとえば、人格面の発達に関して、乳幼児期に養育者との間に愛着の絆をうまく形成することは大切である。それがうまくいけば人を信頼でき、自己受容も進み、安定した対人関係を築けるようになるが、うまくいかないと情緒不安定になり、人を信頼できず、自己受容もできず、大人になってからの対人関係も不安定になりがちであるとされる。
では、知的な発達に関しても、幼少期の経験が大きな影響力を持つのだろうか。
労働経済学に関する業績で2000年にノーベル経済賞を受賞した経済学者ジェームズ・ヘックマンは、人生のどの時点において教育に金をかけるのが効果的かを探る研究を行っている。
その結果、就学前、とくに乳幼児期における教育の投資効果が絶大であることを見いだした。その根拠となっているデータの一つが、アメリカで行われたペリー就学前計画である。
このフィールド実験では、子どもたちを2つのグループに分けている。
1つのグループの子どもたちは、3歳から2年間、平日毎日、幼稚園に通い、初歩的な幼児教育のプログラムや遊びを中心とした活動に従事した。さらに、週に1回、子どもたちの親は先生から家庭訪問を受け、子どもたちの様子について、また発達や教育のあり方について話し合う機会をもった。これには子どもにとって重要な教育環境でもある親の意識を高める意味があったと考えられる。
もう1つのグループの子どもたちは、とくに何も介入を受けることはなかった。
その結果、介入直後の時点では、介入を受けた子どもたちのIQは著しく伸びており、両グループの間に明らかな差がみられた。これは予想通りのことだが、幼児教育にはIQを押し上げる効果があることが実証されたわけだ。
ただし、IQの伸びは長続きしなかった。2年間の介入終了後は、徐々に両グループの差は縮まり、8歳時点ではほとんど差がなくなっていたのである。つまり、幼児教育がIQを押し上げる効果は、一時的なものにすぎなかった。
では、幼児期の教育的介入には意味がないのだろうか。
たしかにIQに関しては、ほとんど意味がないと言わざるを得ない。だが、それ以外の発達に関して、じつは大きな意味があることが、その後の追跡調査で明らかになったのである。