文藝春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文藝春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。今回は、日本中を震撼させた神戸連続児童殺傷事件の犯人・少年Aの両親の手記を出版にこぎつけた、凄腕女性記者の活躍を振り返る。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

週刊文春では
女性記者が大活躍していた

少年Aが神戸新聞社に送った犯行声明文と挑戦状
恐ろしい犯罪を犯した14歳の少年。その両親を1年以上にわたって説得し、手記掲載にこぎつけたのは、文春の凄腕女性記者だった Photo:JIJI

 週刊誌記者というと男性のイメージが強いように思われます。しかし、文春では新卒入社の女性も、大抵は週刊文春編集部に配属されます。

 週刊誌の現場は、「肩書」が通用しない世界です。事件の当事者も関係者も、捜査機関以外に話す義務はありません。彼らに口を開かせるのは人間力だけです。

 ある新人女性記者がいました。入社半年くらいのとき、ヤクザさんがからむ事件現場の取材に行きました。事件に詳しいヤクザさんは、カワイイ女性記者が気に入ったようで、いろいろ話をしてくれます。

 もう一度会って、もっと詳しい話を…と思った新人記者がヤクザさんに核心に迫る質問をすると「キスしてくれたら話しますよ」。彼女はとっさに「100万円でももらわないかぎりダメですよ」と冗談でかわしたつもりでしたが、冗談で済まなくなりました。なんと、ヤクザさんのポケットから100万円の札束が…。

 どう逃れたかは、私にも話してくれません。

 私が編集長だった2000年前後は、週刊文春といえば女性記者といわれるほど、猛女いや優秀な記者が活躍していました。

 例えば1997年に起きた、神戸の連続児童殺傷事件で、酒鬼薔薇聖斗と名乗った少年Aの手記を担当した森下香枝記者(現在は週刊朝日編集長)。私は担当デスクでした。27歳の彼女が重要な事件の担当となったのは自分で立候補したからです。

 14歳少年はどのように育ったのか。両親の話を聞くのは、週刊文春の使命ともいえるテーマです。自ら立候補しただけあって、神戸に取材に入って1週間で成果が出ました。少年Aの両親の隠れ家がわかったというのです。