あらゆる人たちが暮らすダイバーシティ社会において、みんなが必要で、みんなが気にしなければいけないもの――それがトイレです。自宅のトイレは個人個人で考えればよいですが、公共トイレ(パブリックトイレ)はそうはいきません。「みんなが使うもの」という意識、「次の時代&世代に残すもの」という心がけが必要です。多くの公共施設が閉まっているいまだからこそ、公共トイレ(パブリックトイレ)について考えてみましょう。(ダイヤモンド・セレクト「オリイジン」編集部
*現在発売中の『インクルージョン&ダイバーシティ マガジン 「Oriijin(オリイジン)2020」』から転載(一部加筆修正)

 改装された駅や高速道路のSA、新しいビルや施設などのトイレが、このところ格段に居心地のよい空間に変わってきていることをお気づきでしょうか。

 匂いや汚れなど、トイレ特有の問題が大きく改善されていたり、細分化したさまざまなニーズに応じられるよう多目的化が進んでいたり、その進化ぶりには目を見張るものがあります。

 トイレは、私たち誰にとっても必要不可欠な場所です。だからこそ、公共トイレ(パブリックトイレ)は誰にとっても使いやすい場所であることが求められています。

 昭和から平成、令和へと公共トイレの変遷を振り返りながら、「誰もが使いやすいトイレ」のあり方を考えてみましょう。

ウォシュレットが誕生した1980年代

 かつて、公共トイレは「ただ用を足せる」場所に過ぎず、駅や公園、学校のトイレは、決して居心地のよい空間ではありませんでした。

 便器は和式が当たり前でしたし、昭和50年代になっても水洗ではなく汲み取り式のトイレもまだまだ存在していました。そんな時代ですから、公共トイレを「きれいに使おう」と考える利用者は少なく、駅や公園のトイレは「汚れていて当然」という状態でした。

 当時の公共トイレは5K(臭い・汚い・暗い・怖い・壊れている)と言われ、特に女性からは緊急時以外は使いたくない場所と認識されていたようです。

 しかし、トイレのイメージを大きく変える動きがその頃に始まっていました。洋式便器がじわじわと広まっていき、1980年にウォシュレットが発売、82年にそのテレビCMが流され、大きな話題となったことで、ウォシュレットの認知度が一気に高まっていきました。