日本軍も日本企業も「転換点」に弱い

 ガダルカナル作戦は『失敗の本質』で紹介された六つの日本軍の作戦の一つですが、激戦地となった島は、日本からの距離約6000キロの南西、南太平洋ソロモン諸島の中心に位置します。補給計画がなく餓死者の続出したインパール作戦も、日本から約5000キロのビルマ(現ミャンマー)とインドの国境地帯が戦場です。

 零戦部隊で有名なラバウル基地は、現在のパプアニューギニア・ニューブリテン島の北東端、オーストラリアに近い場所。空母四隻を失ったミッドウェー作戦はハワイの北西、日付変更線に近い北太平洋の中央部。

 想像を絶する範囲、東南アジアからインド、太平洋各所で日本は激戦を展開しました。

 さらに、戦線が短期間で急速に膨張したことにも注目したいところです。

 日本軍が本格的に戦線拡大を開始したのは1937年の日中戦争(支那事変)以降ですが、5年後の1942年には展開地・占領地は面積的にも極大に達します。

 そのわずか3年後の6月には沖縄が陥落し、同年敗戦を迎えました。

 5年で展開地域を太平洋、印領国境インド洋、オーストラリア周辺まで遠路拡大し、3年後には日本の歴史上最大の敗戦を受け入れるという、前半・後半での驚くべき明暗。

 順調なときには強く全面展開しつつも、環境の転換期には一転して閉塞感に陥り、突破口を見出せない姿は、日本の企業活動全般にも顕著な傾向です。

 なぜ、日本人は「転換点」に弱いのか?(下記、図)

 理由は本書を通して解説していきますが、日本人の思考と日本の組織特有の弱点が、転換点で急速に露呈することは『失敗の本質』が鋭く指摘した通りです。