「あのファイルは何なんだ」
ウエイタ―が行ってから森嶋は優子に聞いた。無意識のうちに声が大きくなっている。
一瞬、周りの視線を感じた。しかしすぐに、また無関心な空気が漂った。
「何のこと」
「きみは写真集の下にファイルを置いた。きみの頼みを聞いたんだぜ。僕にも知る権利がある」
「私の担当の仕事よ。首都移転に関する財務的な報告書。今回の首都移転はけっして膨大な財政赤字を引き起こすものじゃないっていうね。そしてその経済効果についてもね。後で電話しておく。忘れたから返してほしいって」
「あれは、国家の機密文書だぜ。それを外国の企業に渡したのか。公になると警察が騒ぎ出すぞ。スパイ行為と言われても反論できない」
「村津さんだって、国家機密レベルの話をしてたわ。みんな必死なのよ。日本の将来がかかっている」
森嶋はそれ以上何も言えなかった。たしかに、その通りなのだ。
地震後、国民や議員の間にも首都移転の空気が広まったが、まだまだ反対する者は多かった。
しかし日本の経済状況は厳しさを増していた。外資系企業の撤退と縮小。円売りにより為替レートは下がり、輸入物資の価格が急激に上がり始めた。特に原油、LNG、各種鉱物など基幹産業に必要な原料の高騰は著しかった。
さらに東京での地震の回数も目に見えて多くなっている。
それでも反対派の圧力は避けがたかった。
「天皇を残して政府が逃げ出すのか」
右翼の反発も大きくなっていった。
だが総理は国会の早期通過を目指して奔走し、強行採決も辞さない構えだった。