殿塚はゆっくりと室内を見回している。

 殿塚と村津は総理執務室にいた。村津を通して、総理に呼ばれたのだ。

「政治家になったからには、一度はこの部屋の主になってみたいと思うものだ」

「先生も思いましたか」

「当たり前だ。一度ならず何度も思った。しかしこの部屋の主となり、あの椅子に座ることの出来る者は実力も必要だが、最大、最強の味方は運だ。人、時、そして運。この三つがそろった者がこの国を動かすことが出来る。能田はつまらない男だが、すべてに恵まれたようだ」

 殿塚はしみじみとした口調で言った。

 執務机の横には最新の色つき首都模型が置かれている。

「この模型を見るのは初めてだ。前に見たモノとはかなり違うようだが」

 殿塚は同意を求めるように村津に視線を向けた。

「先生がご覧になったのと同じものです。色がつくと雰囲気ががらりと変わってきます」

 そのとき隣りの部屋のドアが開き、能田総理と官房長官、そして秘書が入ってきた。

「ご無沙汰しております。その後、体調はいかがですか」

 総理が殿塚の側に来ていたわるように言った。

 殿塚の癌はいつの間にか政界では自明の事実となっている。しかし、余命が3年と告げられていることを知っている者は1桁に激減する。

「この通り、なんとか生かされておる。ところで今日は何の用ですかな」

 殿塚は聞いたが、話の内容は分かり切っている。殿塚に自由党の取りまとめを頼みたいのだ。

「察しはついておいででしょう。そして日本が置かれている現状についても」

「採決の折りには自由党も協力してほしいということですか。それなら、頼む相手が間違っている」

「山根党首には近いうちにお願いに参ります。それまでに殿塚さんに取りまとめをお願いしたいと思いましてね」