ソニー会長・盛田昭夫
「週刊ダイヤモンド」1991年11月5日号から掲載された、「バブルの教訓・ニッポンの再出発」と題されたインタビューシリーズの第1回は、ソニーの会長で、当時は経団連副会長も務めていた盛田昭夫(1921年1月26日~1999年10月3日)だった。

 冒頭で盛田は、「私自身はこの数年間、経済の根幹は製造業――モノに価値を付加する業が経済の基本で、その本質を忘れてはいかんと、主張し続けてきた」と、製造業もバブル時代は楽をしてもうけようとして、事業の本質を忘れていたことを戒めている。

 また、米ウォールストリートのディーリングルームで目の当たりにした風景として、「10分先」を見ながら巨額の金を動かしているさまと、10年先を見据えて開発した技術を、新製品に応用するまでに10年、さらに商業ベースに乗せるまで10年……というメーカーの事業構造とを比較し、自分たちの10年と彼らの10分間の違いは「あまりにもひど過ぎる」と語っている。

 とはいえ、当時すでにソニーも金融業に参入していた。ソニー生命保険の前身、ソニー・プルデンシャル生命保険が誕生したのは81年。その後、損害保険、銀行と金融部門を拡大してきた。その旗振り役を務めたのが他ならぬ盛田だった。しかし、あくまで金融業も「プロダクト」として扱い、顧客本位に立った提案営業を旨とするスタイルを唱えた。そして当然、盛田には決して金融が本業になってはならないという思いもあったはずだ。

 このインタビューから30年近くがたった今――。5月19日に開かれたソニーの経営方針説明会では、金融持ち株会社のソニーフィナンシャルホールディングス(持ち株比率65%)を完全子会社化することが発表された。エレキ(電機)、ゲーム、半導体と肩を並べるコア事業として、吉田憲一郎社長兼CEO(最高経営責任者)は安定的な利益貢献に期待を寄せた。

 経営方針説明会の冒頭、吉田社長兼CEOは「ファウンダー(創業者)の盛田からの学びの一つに、『長期視点に基づく経営』があります。新型コロナウイルスが世界を変えた今、私は改めてその重要性を感じています」と語った。ソニーフィナンシャルホールディングスの完全子会社化が、他でもない盛田が残した経営方針にのっとった措置ということを強調したわけだ。

 盛田の信奉する理念は、本文中でも本人が語っている通り、「民主的自由経済主義」である。新しい商品で新市場を開拓するというソニー独自の市場創出論も、出身大学名不問の新卒採用も、そこから生まれたものだった。今のソニーが目指すべき、盛田イズムを真の意味で体現した金融事業とはどのようなものか、改めて問われている。(敬称略)

(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

10分間しか先を見ないマネーゲーム
10年先を見る製造業

1991年11月5日号
1991年11月5日号より

──振り返ると1985年の円高ショック以降の5年間は、日本全体がどこかで間違えたのではないか。この5年間をどう捉え、教訓を導き出すかが日本の政治と経済にとって大事なことだと思います。

 私は普通の実業家です。学者ではないので時系列的に整理していません。ただ、私自身はこの数年間、経済の根幹は製造業――モノに価値を付加する業が経済の基本で、その本質を忘れてはいかんと、主張し続けてきた。

「10年対10分間」というスピーチをしたことがあります。ウォールストリートへ行ったとき、ディーリングルームではコンピューターで巨額のカネを動かしている。どれぐらい先を見てやっているのかと聞いたら、「10分間」と答えた。10分先しか見ていない。私たちの仕事は、10年先の技術を考えながら開発している。それを新製品に応用するまでにさらに10年かかる。それを商業ベースに乗せるまで、もう10年かかることだってある。