血液1滴で13種のがんを診断できる血中マイクロRNA診断マーカーの開発などで知られるがん研究の権威の落谷孝広先生と、東京医科大学医学総合研究所でがんや免疫の向上に効果のある薬や食品の研究およびメッセージ物質エクソソームの研究を共にされているダ・ヴィンチ ユニバーサルの村中麻生社長。「獺祭(日本酒)の研究」が縁でお二人と知り合った「獺祭」を製造する旭酒造の桜井博志会長から、さまざまな病気を「未病」にとどめるための免疫力の重要性と、免疫を向上させるうえでの発酵食品の効能について聞きました。

免疫細胞が7割住みつく腸内環境を整えるには?

糖尿病歴20年の「獺祭」蔵元がエキスパートに聞く 「発酵」と「免疫力」の関係桜井博志(さくらい・ひろし)
旭酒造株式会社会長
1950年、山口県周東町(現岩国市)生まれ。1973年に松山商科大学(現松山大学)を卒業後、西宮酒造(現日本盛)での修業を経て76年に旭酒造に入社したが、先代である父と対立して退社。父の急逝を受けて84年に家業に戻り、純米大吟醸「獺祭」の開発を軸に経営再建を果たす。杜氏を設けずデータ化した製造法でおいしさを追求し、世界的な評価を受けている。2016年から現職。2018年4月、パリにジョエル・ロブション氏との共同店舗を開店、ニューヨークでも醸造所を建設中。

桜井博志さん(以下、桜井) 私は今年69歳。約20年前から糖尿病を患っていますが、定期的にお医者さまに診ていただきつつ、節度をもって美味しいものを食べ、美味しい獺祭を飲み、病状としては良くもならず悪くもならず今も楽しくすごしています。実は、私の父も糖尿病だったんですよ。50代で胃がん、さらには食道がんになって、61歳で亡くなったので、それと比べると私は頑張っているかなと思うのですが(笑)。

それでもなんとか、現状維持ができている僕の糖尿病への対処法というのは、どこか、お酒を造る感覚と似ているなと思うんです。酒を仕込んで発酵させている最中はさまざまなトラブルが起こるもので、何か難あり傷ありのところを、あっちをごまかし、こっちをごまかししながら、最後の絞りまでもっていくのですが、まさにそういう感じ。でも、糖尿病に限らず生活習慣病の持病があると、新型コロナウイルスに感染した場合に重症化しやすいと聞いて、これは絶対にかかったらまずい、と危機感を持っていました。

糖尿病歴20年の「獺祭」蔵元がエキスパートに聞く 「発酵」と「免疫力」の関係落谷孝広(おちや・たかひろ)
東京医科大学医学総合研究所教授
国立がん研究センターがん研究所プロジェクトリーダー、国立台湾大学特別教授、東京工業大学客員教授、早稲田大学客員教授など他多数兼任。前国立がん研究センターがん研究所分子細胞治療研究分野分野長。日本細胞外小胞学会会長、日本癌学会評議員、NEDO評価委員、AMED評議委員など他多数兼務。

落谷孝広さん(以下、落谷) おっしゃるとおり、糖尿病をお持ちの方は注意が必要です。新型コロナウイルスは当初、肺に疾患のある人が重症化しやすいと言われましたが、それどころか全身の細胞に感染する恐ろしい病気だとわかってきました。口や鼻、目の粘膜からも侵入して、血管を通じてあらゆる臓器に至り、もし脳の細胞に侵入すれば髄膜炎を起こします。これまで我々が経験してきた風邪に近い症状を起こすウィルスのなかでも非常に手ごわいことが、世界中の臨床データからわかってきています。

桜井 あっという間に世界中に流行しましたよね。私もしばらくはこの(旭酒造の本社がある山口県)獺越(おそごえ)でおとなしく外出を自粛してきました。

落谷 新型コロナウイルスを罹患された患者さんのうち一定の割合で、残念ながら重症化してICUに入らざるを得ない状況になった場合、何が最大の問題かというと、患者さんの命の危機はもちろん、医療崩壊を起こして、一般の病気をもっている患者さんが通常の医療を受けられなくなることです。私が以前勤務していた国立がん研究センター中央病院でも、一時的に新規患者さんを受け入れられなくなったのですが、そうなると、初期のがん患者さんも病状が進行してしまいます。だからこそ、感染していなくても、ありとあらゆる行動を慎むことが国民全体で大切です。

村中麻生さん(以下、村中) 新型コロナウイルスの感染予防のため、また糖尿病を悪化させないためにも有効な方法の一つは、腸内細菌をよい状態に保つことです。というのも、免疫細胞の7割は腸内にあるので、腸の炎症を抑えることで、血糖のコントロールもできるためです。腸内に悪玉菌が多すぎると、毒素や腐敗によって粘膜細胞の状態が悪くなり、少量の糖でも吸収しやすくなります。腸内環境が改善されれば血糖値の上昇を抑え、さらに善玉菌が増える結果、インクレチン等によりインスリン分泌を促すことになり、血糖値を下げることにもつながる、というわけです。善玉菌が増え炎症が抑えられた腸内環境になることにより、血糖値の上昇が穏やかになり血糖コントロールが容易になり、さらにはからだの他の部位へも良い影響となりアンチエイジングにもなるでしょう。そして腸内環境が改善されることにより感染症に対しても効果が期待できるでしょう。

落谷 がんにおいても、腸内環境は重要なカギです。がんが我々の体を侵すのは、ストレスなどによって免疫が崩れた瞬間を狙って、がん細胞がその間隙をついてくる状況です。そうならないためにも、免疫細胞が多くいる腸管内をいかに元気に保つかが大事ですし、すべての健康の源です。今や、生涯を通じて日本人の二人に一人ががんに罹患しますが、これだけ罹患者が増えたことと、食事の欧米化による高脂肪、高カロリーは密接につながっています。
だからこそ、まずは「食」を見直すことが非常に重要です。先人に学んで、いかに腸にいいものを食べるか。野菜や根菜類、キノコ類のほか、発酵食品がいいというのは皆さんも耳にしたことがあると思います。