昨今、日本企業に海外での大型M&Aが目立っているが、その投資先は依然として欧米先進国が中心である。一方で、国連の世界人口推計では2050年に全人口の8割を新興国が占めると予測される。新興国市場の開拓において日本企業の出遅れは深刻な状況であり、一定のリスクを織り込みつつ、戦略的な資源配分を迅速に実行しなければ将来の成長機会を逸するおそれがある。

経済成長は新興国で生じるが
対外投資は依然、先進国中心

編集部(以下青文字):日本企業の中長期的な海外投資戦略を大きくとらえると、どのような傾向にありますか。

左│ バトカ・プラサナ 右│三浦 洋
あずさ監査法人 専務理事
三浦洋 
HIROSHI MIURA
アーサーアンダーセン(現あずさ監査法人)入所。あずさ監査法人IFRS本部副本部長、KPMGロンドン事務所グローバル・ジャパニーズ・プラクティスEMA欧州統括責任者などを経て現職。
あずさ監査法人 マネージング・ディレクター GJPアドバイザリー統括副部長
バトカ・プラサナ VATKAR PRASANNA
日本において、過去18年にわたって自動車、IT、産業機器などの業界に携わる。また、ゼネラル・エレクトリックのアジア太平洋地域のゼネラルマネジャーを務めた後、2016年2月より現職。

三浦 日本の対外直接投資(FDI)を地域別に見るとアメリカが最大の投資先で450億ドル、2番目がEUで340億ドル、そしてASEAN向けの200億ドルと続きます(2015年実績)。アメリカ向け投資は世界シェアの拡大と研究開発力強化、選択と集中による再編目的のM&Aなどが主流です。近年の例では、サントリーホールディングス(HD)の蒸留酒大手ビームの買収、ソフトバンクグループによる携帯電話大手スプリント買収、東京海上HDの保険会社HCCインシュアランスHDの買収などが挙げられます。

 こうした先進国間での大型M&Aは世界的な流れでもあります。FDIの全世界合計に占める先進国(国際貿易開発会議39カ国・地域)の構成比率が近年増加しており、事業の再構成を狙う先進国企業間の大型M&Aの伸びが顕著です。また、業種別に日本のFDIを見ると、製造業と非製造業の投資額が2014年はほぼ拮抗していたのに対し、2015年は非製造業が製造業の1・7倍に増加しました。金融・保険業、IT・通信、食品、物流などの分野では、国内市場が人口減少で縮小傾向にあるために、海外でのシェアを拡大するための巨額な買収が目立っています。

 将来的な国内市場の縮小が避けられない日本企業は、人口と所得の増加が見込まれる新興国市場でのプレゼンス拡大が大きな課題だと言われ続けてきました。

三浦 その通りです。日本のGDP(国内総生産)成長率は低迷が続き、設備投資や在庫投資などから成る国内総資本形成は、韓国や中国とは逆に長期低下のトレンドにあります。

 先端技術や自社技術を補完する新技術の獲得、製品開発力強化などの目的で先進国に投資する戦略的意義は大きいですが、市場という観点から見ると先進国は全般的に低成長、過当競争の傾向にあります。そうした市場で収益を拡大していくのは容易なことではありません。ですから、日本企業が持続的に成長するためには新興国市場の積極的な開拓が不可避といえます。

プラサナ 2050年には世界人口の8割をアジアとアフリカが占め、世界のGDP成長の約6割が新興国の成長によるという予測もあります(図表)。現状では新興国の一人当たりGDPの水準はまだまだ低いですが、経済発展により、将来的には巨大な中間所得層の消費市場が出現します。これまで日本企業は海外の富裕層・中間層をターゲットとしてきましたが、今後は下位中間層へと裾野が広がるでしょう。とはいえ、新興国市場の開拓において日本企業は隣の韓国や中国と比べても大きく出遅れており、先に市場を押さえられてしまう事態が懸念されます。したがって、日本企業はグローバル市場、特に新興国における成長機会を正しく認識し、戦略的な資源配分を迅速に行うことが重要です。

 

 新興国の中でも特に注目すべき市場はどこですか。

プラサナ 新興国の代表的存在であるBRICs諸国には、すでに日本企業も相当に事業展開を進めており、競争は激化しています。

 今後のターゲットとすべきは、GDP成長率の見通しが比較的高く、人口と中間所得層の増加が期待され、消費市場としての魅力がある新興国です。具体的には、南アジア、中東、ロシアを除くCIS(独立国家共同体)各国、アフリカが挙げられます。これらの地域ではすでに中国・韓国企業が事業展開で先行し、日本企業は圧倒的に出遅れています。たとえば、政権が安定し、経済改革と財政再建を重視しているスリランカは有望な市場ですが、2015年の対スリランカFDIの1位と2位は香港と中国。日本は17位で、その投資額は香港の20分の1にも届きません。

 こうした新興国は若年層が多いため、5~10年スパンで見た長期の投資先としては、事業機会はまだまだ大きなものがあります。輸出加工拠点としての投資から国内市場開拓へと事業方針を転換し、中間所得層の取り込みやインフラ需要獲得を狙うことがカギになります。たとえば、アフリカでは全土で急速に都市化が進んでいます。国連の「世界都市化予測2014」によれば、人口100万人以上の都市の数は、10年後には中国の136都市に次いでアフリカは81都市と、インドの65都市を上回る見込みです。

 アフリカでは、ビル建設、都市交通、電気・水道、通信など都市関連インフラの需要が急拡大する見通しで、日本の優れたインフラシステムに対する期待とニーズは非常に高いものがあります。問題は、いかに低い対価でそれらを提供できるかでしょう。

 2015年に経済制裁が解除されたイランや、アメリカとの国交回復を果たしたキューバも今後は成長率が上向くことが期待されます。特にイランは、高学歴かつ平均年齢の若い8000万人の人口を擁し、今後実質GDP成長率の急回復が予測されています。