原理原則を踏まえたうえでみずから判断し、取引の実態や企業の状態を正確に表すというのは、まさしくIFRSの基本的な考え方に則ったものですが、細かなルールを守ることを得意としてきた日本企業には、苦手意識が根強く残っています。
荻野:そうですね。基準は基準として、適用ガイダンスをつくってほしいという声は上がるでしょうね。現に米国ではそのような動きがありますし。
山本:ただ、なぜその処理を行ったのか、判断基準は何かといったことに対して、合理的な説明責任(Accountability)を負うのは、会計主体である企業にとって当然のことではないでしょうか。特に財務諸表のトップラインに位置する売上高はあらゆるビジネスの基本、源流となるものです。何を売り、どんな約束事をして、それと交換にいくらの対価を見込んでいるのか。一本筋の通った考え方に基づいて判断して説明するのは、本来それほど難しいことではないはずです。
荻野:売上高は営業部門など社内でも影響する人たちがいます。主観を排して、社内、社外のさまざまな立場の人にとって納得感がある合理的な見積もりを行う必要があります。
山本:会計はあくまでもビジネスの実態を表す手段であって、目的にはなりえない。だから会計基準が変わるからビジネスを変えるというのは本末転倒です。ただ、経営実態を可能な限り適切に示して、比較可能な形で投資家に提供するというIFRSの趣旨に則れば、見直さざるをえないものも出てくるでしょう。細かなルールの理解は担当部門に任せる一方で、経営に携わる方にはグローバルで通用する会計基準が何を求めているのか、その基本的なスタンスをあらためて理解していただきたいと思います。
「やりすぎ」リスクを回避する
J‐SOX対応をやりすぎて、費用が膨らんだり、業務の効率性が損なわれるなどして、苦い経験をした企業も少なくないはずです。二の舞になるおそれはありませんか。
荻野:まず考えなければならないのは、IFRSの適用は連結財務諸表であるのに対して、この新収益認識基準は単体財務諸表からの適用であり、会計帳簿に関わってくるという点です。制度会計で求められるものについては対応せざるをえませんし、会計システムやそれに関連する業務システムについても対応が必要となるでしょう。
山本:ある程度の規模の企業が適用する場合、3年程度かかると考えてください。強制適用間際になってからあわてて導入準備を始めれば、収益というビジネスの最前線に直接関わることだけに、現場に大きな混乱が生じかねません。新収益認識が自社のビジネスや業務にどう影響するのか、収益の単位、金額、タイミングは変わらないのかを、しっかりと把握することが肝要です。
荻野:具体的には、インパクト分析については早めに済ませておくことを勧めます。その結果、それほど影響がないとわかればそれでいいし、そうでないなら、次は新基準に対応するためのシステムの変更や構築、業務プロセスの見直しを検討しなければなりません。たとえば多くの企業の会計システムと、契約および債権の管理システムは契約単位で連携したものとなっているため、収益認識の単位やタイミングが変われば、それぞれのシステム間に差異が生じてきます。その差異をいかにして埋めていくかが問題となるわけです。