会計士には鳥の目を
経営者には数字のリテラシーを
川本:会計監査人の言葉が経営者の心になかなか刺さらないのは、ボキャブラリーや説明の仕方の問題に加えて、そもそもの関心のあり所の違いが影響しているのでは、と思う時があります。
経営には、「鳥の目」「虫の目」「魚の目」が必要だとよくいわれます。俯瞰して大局をとらえ、現場を知って細心の配慮をし、潮流を読む。この3つがバランスよく揃うことで、優れた意思決定が可能になります。
これに対して会計監査人は、業務の性質上、虫の目で物事をとらえることの優先順位が高い。もちろん細部を軽んじるわけではありませんが、限られた時間の中で経営陣と意味のある対話をしようとするなら、鳥の目、魚の目も必要かもしれません。
公認会計士の方々が非常に高度な専門知識を持ち、緻密で正確な仕事をなさることは承知していますが、思考の網の目を少し広げて、より大きな視点で物事をとらえるとよいケースもあるのではないでしょうか。
また、若手に対しては必要なトレーニングを行い、経験を積ませる。それと同時に、責任ある立場の監査人も、より経営者の問題意識に響くよう、コミュニケーションスタイルを変えていくのも新しい方向ですね。
金井:そこにやりがいや面白さを感じる人材が今後ますます増えてほしいし、またそうなると考えています。
監査業務は退屈だと思われていますが、それは大きな誤解です。地味だけれど必要な仕事を愚直に続けて、社会からの信頼を勝ち得ることはもちろん大切です。
一方で、これほど経営のさまざまな面をつぶさに、かつ継続的に見られる仕事はそうはありません。そうした監査の過程で明らかになった問題点や課題を、経営にフィードバックする醍醐味もある。取り組み方次第で、監査はダイナミックな仕事になりうるのです。
川本:サンプリングやリスクアプローチという手法を取るにせよ、膨大なデータをチェックする監査業務は、AIの活用が進むことでその方法論を大きく転換させることになるはずです。そうなると会計監査人の仕事の仕方も変わる。監査法人における人材育成や評価のシステムも見直す必要が出てきますか。
金井:おっしゃる通り、専門知識をもとに、膨大な業務量を高い正確性をもって遂行するという部分は、そう遠くない近い将来、AIに移行するでしょう。のみならず、不正や誤謬の発見にもAIは威力を発揮する。では、会計士は何をするのかといえば、そうした情報をもとに判断を下すこと、そしてやはり経営者をはじめとする関係者との対話です。
そこで役に立つのは会計や法律の専門知識をもとにしたビジネスリテラシーであり、コモンセンスであり、さらに言えば創造性です。定型的手続きをこなすだけではなく、頭に汗をかいて考え抜く。そうすることでより高付加価値な監査が実現し、会計士一人ひとりが成長して働き方が変わり、結果、組織としての監査法人の競争力も高まると期待されます。
パートナーを頂点とするピラミッド型の組織構造も変わっていくでしょう。監査の全体構造を設計するコアの監査メンバーを中心に、多様なプロフェッショナル人材がチームを組む有機的な監査体制に移行する。そうした中で、会計士がマインドセットを切り替えて価値ある経験を積み重ねれば、監査法人が経営人材を輩出する機関となる可能性も十分にありえます。
川本:とはいえ、コミュニケーションは相手あってのことですから、監査人だけが変わればいいというものではありません。経営者もいま以上に会計監査が企業価値向上につながることを理解して、もっと興味を持つべきでしょう。
その前提として、ファイナンスや会計に関するリテラシーを高める必要があります。数字は企業経営における共通言語です。社内においても、監査人や投資家といった社外の人と対話するうえでも、数字に対する理解は欠かせません。数字がわかれば個別の事業や全社の実態がより深く理解できるし、思わぬところで足をすくわれることもなくなって、よりよい意思決定が下せるようになる。そのように考えれば、監査人との対話が持つ意味も変わってくるはずです。
経営者と監査人の両方が歩み寄ることで相互理解が深まり、財務報告そのものの品質が向上すると素晴らしいですね。
金井:財務情報の信頼性を高め、マーケットに寄与するという監査人の使命は、どれだけ技術が進化しても変わらないし、そこに我々のバリューがあります。公共の利益の擁護者となりえているかと常に自問し、バリューの維持向上に努める。そうした愚直な取り組みが、結果として企業成長を後押しすることにつながると考えています。
*連載【第2回】はこちらです
制作:ダイヤモンド クォータリー編集部