ブロックチェーンは仮想通貨のための技術という印象が強くあります。

菅谷:たしかにブロックチェーンは、暗号資産の取引を自動処理して記録する技術として生まれた、データ共有の仕組みです。ブロックチェーン以前、不特定多数の参加者が存在する市場でデータを管理するためには、セキュリティを強化したサーバーで中央集権的に管理する以外に方法がありませんでした。これに対してブロックチェーンは、複数のコンピュータに分散して取引処理とデータを保存するので、特定の管理者を必要としません。

丸田:ブロックチェーンがもたらす大きな変化を挙げるならば、1つ目は、取引の自動処理とデータ共有により改ざんの難易度が上がり、また取引とデータ自体に信用を置くことで取引相手の信用性を測る必要がなくなることです。2つ目は、分散型であるがゆえに、システム全体がダウンすることは起こりえません。以上の2点により、社会全体でコストとリスクが大幅に軽減されます。

 信用創造機能を有するブロックチェーンは、価値あるものを多数の参加者が取引し、その取引に不正の余地がある場面で広く適用される可能性があり、「インターネットを上回る社会的インパクトがある」と指摘する専門家も少なくありません。

菅谷:経営面のインパクトの一例を挙げれば、サプライチェーンマネジメント領域です。川上から川下まで多くのプレーヤーで構成されるサプライチェーンは情報共有が難しく、さまざまなリスクや非効率が生じやすい側面があります。たとえば食品産業ではたびたび品質や産地の偽装が問題になりますが、ブロックチェーンを活用すればすべての取引をリアルタイムで記録し、信頼性の高いデータをネットワーク内で共有することができます。

 監査領域では、仮想通貨交換業者に対する監査でブロックチェーンがすでに適用されています。具体的には、ビットコインやイーサリアムなどの主要な仮想通貨の取引状況や残高を可視化する仮想通貨取引分析システムを利用することで、仮想通貨やトークンに関する監査を迅速に提供できる仕組みを構築しています。さらにサプライチェーンにブロックチェーンが利用されている場合、出入荷や請求書の起票の日時をリアルタイムで共有して監査に役立てることが考えられます。将来的にはAI監査においてデータの量と質を担保するため、ブロックチェーンをプラットフォームとして用いることが期待されます。

2つの融合が
革新をもたらす

 ブロックチェーンの信用創造機能とAIが融合する時、監査や経営、そして社会にどのような革新が起こるのでしょうか。

丸田:ブロックチェーンによるバイアスを排除した公平性の高いデータ管理や予測機能がAI技術と融合すると、さらに大きなシナジー効果が生まれると見込まれます。

 たとえば医療サービスのデジタル化を推し進める英国民保険サービスはAIを積極的に活用していますが、患者の同意を得ないままグーグル系AI企業のディープマインドに医療データを提供したことで、過去に批判を浴びました。そこでディープマインドは、ブロックチェーンにより、患者のデータを暗号化したうえで変更や活用の履歴を追跡できるシステムを構築しました。

 AIが取り扱うデータ量が増えるほど、セキュリティ、ガバナンス、プライバシー保護といった点が厳しく問われますが、ブロックチェーン技術の活用でこれらの問題を解決できると期待されます。

菅谷:同じことが会計監査にもいえるのではないでしょうか。企業がAI監査に抵抗を感じる理由の一つに、プライバシー侵害という問題があります。しかし、個人情報などをあらかじめ暗号化すれば提供しやすいし、監査人の立場からは暗号化されていてもそれが真正なデータであることがわかる。ここにブロックチェーン活用の意義があります。

丸田:AI監査の普及に向けて我々がいま注目しているのが、データを暗号化したまま解析する「秘密計算」技術です。これをブロックチェーンの暗号化技術に応用することで、取引の透明性と秘匿性が両立されます。信頼性の高いデータを共有、活用し、価値を生み出す社会へ踏み出すためにも、AIとブロックチェーンの融合は不可欠です。

 テクノロジーのハイプサイクルで「幻滅期」に入ったとされるAIとブロックチェーンですが、裏返せば本格的な導入が進む一歩前の段階に来たということになります。両者が組み合わさることで、DXの新たなページが開かれるはずです。


  1. ●企画・制作:ダイヤモンドクォータリー編集部