ラダック周辺を移動するインド軍中印は今回の衝突を受けて軍備を増強した。写真はラダック周辺を移動するインド軍 Photo:AP/AFLO

長年にわたり国境紛争を抱える中国とインドは6月15日夜、ヒマラヤ高地のギャルワン渓谷で衝突。報道では両国で数十人の死者が出たもようだ。今回の衝突で見えてきたのは中国の「一帯一路」の真の目的と、新型コロナウイルスの影響で疲弊するインドがトランプ政権を後ろ盾に先鋭化する可能性だ。(ジャーナリスト 姫田小夏)

 インドの銃口から一撃が放たれれば、中国は手加減しない――。1962年に起きた中印国境紛争以来、ヒマラヤの高地で銃弾が飛び交ったことはないが、6月15日の夜に起きた衝突では、4000メートル級の高地に数多くの遺体が並べられるという息をのむような展開となった。

 中印国境地帯では日常的な小競り合いが何度となく繰り返されてきたが、今回のギャルワン渓谷での衝突を発端に、中国は大がかりな準備に乗り出した。鉄道による装甲車の輸送を開始し、空中巡邏(じゅんら)部隊、通信部隊、攻撃部隊が組織され、チベット自治区のラサ市では民兵団の入団式が行われた。これが示唆するのは「待ってました」と言わんばかりの準備万端ぶりだ。

中印はもとより不安定

 もともと中国とインドは仲が悪かった。62年に国境問題から紛争に至った両国では、政治面・外交面で緊張した関係が続いていたが、2013年に蜜月時代を迎え、劇的な変化を見せた。

 国境でにらみ合いが発生したにもかかわらず、同年10月に中国はインドに対し「新型大国関係」を提案した。中国がシルクロード構想をカザフスタンで提唱したのは同年9月であったが、中国はこのとき「一帯一路」の沿線国の参与を視野に動いていたといえる。

 ところが、インド人民党党首のナレンドラ・モディ氏が14年5月にインド首相に就任すると次第に風向きは変わり、17年にはブータンと中国の係争地で中印が対立、関係は再び不安定化した。インドも当初はインフラの建設や製造業で中国の協力に期待していたにもかかわらず、「一帯一路」に懸念を示すようになった。領土問題を抱える中印関係の難しさの一端が垣間見える。

 ちなみにインドは今、コロナまん延があまりにもひどい。そのため、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に融資を申し入れ、先ごろ7億5000万米ドル(約885億円)の申請に対し認可が下りたところだ。5月にも同銀行から5億米ドル(約590億円)の借り入れを行っている。「一帯一路」は領土問題の存在からも支持していないが、AIIBに対しては創設メンバーとして関わっている。

 インドではコロナ拡大の封じ込めに失敗、45万人の感染者を出し現時点で世界のワースト4だが、実態は国家が発表する数字からは著しくかけ離れているともいわれている。コロナ禍で家族を失い、仕事を失った国民の爆発寸前の不満を、今後中国という「仮想敵」でガス抜きしようとする可能性も否定できない。