現場は参謀に対して、「本当のこと」を伝えるのを躊躇する

 問題は、“参謀失脚”というだけにとどまりません。

「自分を客観視」できない参謀は、さらに深刻な問題を組織に引き起こしかねません。

 最大の問題は、参謀の背後に権力者を見ている現場の人々が、参謀の意向に表立って「異」を唱えることに、本能的に慎重になることです。その結果、参謀とのコミュニケーションにおいて、なかなか「本当のこと」が表に出てこなくなってしまう恐れがあるのです。

 現場から丁寧に扱われることで勘違いをして、“上から目線”で、ときに強圧的な態度を取るような人物は参謀として論外ですが、そうではない場合でも、現場はなかなか「本当のこと」を参謀に伝えることができないのが現実。このリスクが存在していることを把握しておかないと、参謀が組織に致命的な問題を引き起こす可能性がある。あっという間に「風通しの悪い組織」が出来上がってしまうのです。

 たとえば、本社中枢において、世界中の工場の生産性を一律10%上げるという目標を立てたとします。

 当然、順調に生産性を向上させる工場となかなか成果の上がらない工場が生まれますから、本社は生産性の上がらない工場に対して、その理由と改善策をレポートするように要請するでしょう。

 ところが、現場からのレポートはどうにも要領を得ない。いくらそのレポートを読んでも、何が問題で、どう改善すればいいのかが明確にならない。そこで、業を煮やした経営陣が、参謀的なスタッフに現地に行って調査したうえで、レポートをまとめるように指示するわけです。

 このようなケースにおいて危険なのは、参謀が、生産性を順調に改善している別の工場の取組内容を知っていることです。彼らは、それが「答え」だと決め打ちしてしまう。その「正解」を適用すれば、どの工場でも生産性が上がると考えてしまうのです。受験勉強が得意なタイプの参謀ほど、こうした「正解主義」に陥りやすいことも注意したほうがいいでしょう。

現場を壊す「机上の空論」が実行されるカラクリ

 その結果、何が起こるか?

 参謀的なスタッフが、成功事例から導き出したストーリーに添った資料を現場に要求してしまうのです。現場は、権力者をバックにした参謀に対して、もともと「異」を唱えづらいうえに、成果を上げていないのだから、なおさら立場は弱い。そして、現場は、参謀が求める資料を提出する「資料提供係」に終始してしまうのです。

 これが怖い。参謀は、現場から特段の「異論」が出ないことから、それが「正解」だという思い込みを「確信」に高めてしまう。そして、現場の複雑さに向き合うことなく、もともとあるストーリーを成立させるために必要な資料だけが収集され、それ以外はすべて切り捨てられてしまうわけです。

 このプロセスを辿れば、誰がやっても、理路整然としたレポートができるに決まっています。しかも、成功事例をベースにしたストーリーですから、一見、説得力もある。そして、そのレポートは、本社中枢において支持され、実行へと移されるのです。

 しかし、このような施策は失敗を運命づけられています

 現場の“どうしようもない現実“が反映されていないのだから当然のことです。

 成功事例の工場では最新式の機械が導入されているが、この工場では型が古いのかもしれません。工場の動線の設計が悪くて、従業員に目に見えない過重な負担がかかっているのかもしれません。

 あるいは、温帯地の工場と熱帯地の工場では、工場内の気温もかなり違います。快適な温度のなかで働くのと、うだるような暑さのなかで働くのとでは、体力の消耗度は大きく異なります。こうした条件を考慮に入れない解決策など「机上の空論」。役に立つはずがないのです。