台湾の李登輝・元総統(在任期間1988~2000年)が30日、97歳で死去した。在任中に総統直接選挙を実現し、台湾の民主化を無血で成し遂げた歴史に残る政治家だった。この李氏にダイヤモンド編集部は昨年末、書面で独占インタビューを実施した。米中対立、民主主義の価値、経済成長のカギ、そして日本への助言まで語り遺したこのインタビューを、李氏への哀悼を込めて再掲載する。アジアの巨人よ、安らかに。(インタビューは質問状に対して李氏が答えた内容を、日本人秘書の早川友久氏が書面にまとめ、ダイヤモンド編集部副編集長・杉本りうこが構成・編集した)
台湾の民主主義導いた李氏は
中国をどう見ていたか
21世紀に入り、中国は経済・政治・軍事・科学技術などの各分野で目を見張る発展を遂げた。だが指摘しておきたいのは、中国の発展は覇権主義的であり、決して民主的かつ自由な文明ではないということだ。
民主主義と自由は、人類の文明にとって最も重要な価値観だ。こういった価値観は、私たちに平和と安定、繁栄と進歩をもたらす基盤である。ところが中国は、民主主義や自由といった価値から遠く離れている。中国が世界の強国となりたければ、それは決して覇権主義の発露ではなく、普遍的な価値観を持つ文明を実現することで達成されるべきである。しかし中国は、富と軍事力によるかりそめの繁栄を喧伝しているにすぎない。中国政府が目指しているのはただひたすら、独裁体制の維持と安定だ。
一帯一路構想も、野心に満ちた覇権主義的な計画だ。中国にとっては、自国の内部資源やエネルギー問題を解決する方法となり得るだけでなく、国際貿易上のルールを恣意的に決められる格好の手段だ。他国を唯々諾々と従わせ、世界の新たな支配者に君臨しようとしている。これは中国の覇権主義に見られる一貫したやり方で、結局この計画は、多くの国家を中国の経済的植民地におとしめて終わる。中国こそ、アジアの情勢を最も不安定にしている要因だと断言できる。中国がもたらす動揺は、周辺国家の安全保障上、大きな脅威となっている。
そもそも各国が有する軍隊は、自国の防衛のために存在している。しかしながら、中国の軍事力は対外的な膨張を続けてきた。中国の軍事費はおよそ2500億ドル(編集部注:ストックホルム国際平和研究所の2018年のデータ)で、米国に続く世界2位となっている。中国は世界各国に軍事基地を建設しており、それによって生じる周辺国家との摩擦は途切れることがない。この事実は、東シナ海や南シナ海の問題のほか、各国の航行の安全と自由が侵害された例を挙げるまでもないことだ。こうした行為は地域のリスクを高めるとともに、アジア各国の軍事的支出を増加させ、軍拡レースを助長することにもなりかねない。
こういった中国の専制的なやり方に、最も大きな影響を受けてきたのは台湾だ。中国は少なくとも1000発以上のミサイルの照準を台湾に合わせている。領空侵犯や領海侵犯など、武力による軍事的どう喝は日常茶飯事ともいえる。また外交においても、あらゆる手段を講じ、台湾と国交を持つ国を奪い、台湾が国際組織に参加することを妨害している。経済面では、台湾企業の工場から最先端の高度な技術を盗み、優秀な台湾の人材を引き抜いてきた。そしてそういった人材に対し、自らの政治的思想を放棄して中国に忠誠を誓うことを求めている。中国の最終目的は台湾を併呑し、いわゆる「中国統一」を成し遂げることにあるのだ。