人類欲望史#2
Illustration by Yuuki Nara

現代に生きる私たちには想像もつかないが、14世紀以前の「前近代」と呼ばれる時代は、経済成長は大罪だった。なぜか?そして、大航海時代や宗教改革、ルネサンスがその状況を打破した理由とは?前近代の「欲望大罪時代」から、人類欲望史にとって最悪の汚点である1940年代の「世界大戦時代」までを描く。(ダイヤモンド編集部副編集長 鈴木崇久)

「週刊ダイヤモンド」2019年3月2日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの。

経済成長がかつては
「大罪」だったのはなぜか?

 特集#1『「欲望と空想力」で人類の経済・金融史を切り取ると目からウロコな理由』において、人類の欲望を解放するシステムの土台である国家と宗教、貨幣、文字がそろったことをお伝えした。ところが、人類の欲望の“成果”を示す国内総生産(GDP)と人口は、なかなか成長という結果を出せなかった。

 その要因の一つに、14世紀以前の前近代という長い歴史の大部分で、欲望にブレーキをかけていた社会規範の存在が挙げられる。

経済史 いまを知り、未来を生きるために』(小野塚知二著)は前近代の規範について、「最大の特徴は、利殖・致富・成長を非道徳なこととする教義」だと表現している。

 この清貧思想は人類の自己防衛本能ともいえる。人口減少や低成長にあえぐ現代の私たち日本人にはピンとこないが、人口や経済の成長は破滅と隣り合わせという時代が続いたからだ。

 その理由は、時代こそ異なるが、18世紀に英国の経済学者トマス・マルサスが記した『人口論』が詳しい。食料の生産力は足し算でしか増えない一方、人口は倍々ゲームで増えていくから、人口の成長を抑えないと食料不足で社会が崩壊してしまうという警告の書だ。

 キリスト教も清貧を教えの一つとしており、余ったおカネは寄付すべしという規範があった。その結果、逆説的だが、カトリックの教会は豪華絢爛になっていった。

 こうして抑圧されてきた人類の欲望に転機が訪れる。15~17世紀に起きた三つの大きな時代のうねりが欲望の解禁を告げるのだ。