『世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療』が、いまがん関係者の間で大きな話題になっている。「医療データに精通した疫学研究者、日々患者を診る腫瘍内科医、がん新薬の開発者の組み合わせは、さながらがん情報のドリームチームの感がある」(2020/4/11 毎日新聞朝刊)、「がんの専門医の間ですこぶる評判が良かった」(2020/5/11 下野新聞)とメディアも絶賛。がんになる前から読んでおきたい本として注目を集めている。
よく見かける「こうしたらがんが消えた!」といった派手な本とは違い、「正しさ」にこだわった、ある意味地味なこの本は、なぜ書かれたのか。その裏には、多くの医師が目を覆いたくなる根深い問題があるという。著者の1人である勝俣範之日本医科大学教授に取材をした。(取材・構成/樺山美夏)
日本では「トンデモ医療」の
情報が規制されていない
――『最高のがん治療』は、がん治療の専門医・勝俣範之先生と、新薬開発の研究者・大須賀覚先生、医療データ分析の専門家・津川友介先生の3人の共著ですね。なぜこの3人で本を書くことになったのでしょうか?
勝俣範之(以下、勝俣) 津川先生も大須賀先生も、日本にがんについての正しい情報が少ないことをずっと懸念されていました。それは私もまったく同じで、以前、津川先生と対談したときに、「正しいがん情報を伝えたいですね」という話になったんです。その後、津川先生から連絡をいただいて、「正しいがん情報だけまとめた教科書のような本を大須賀先生と3人で作りましょう」と。そこから話がはじまりました。
――日本にはがん情報があふれていますが、それはほとんど正しくないと?
勝俣 特に一般向けの情報はそうですね。新聞、テレビ、書籍、ネットの情報も含めて、日本のメディアのがん情報はひどいものですよ。「こうすればがんが治る」、「こうすればがんが消える」といった「トンデモ医療」が多くて、どこもそれを規制しませんから、よっぽど悪質でない限り問題になりません。新聞の全国紙でさえも、がん治療のトンデモ広告を一面に載せているのが現状です。
――よくあるトンデモ医療に、「糖質を摂取しなければがんが小さくなる」、「にんじんジュースには抗がん作用がある」、「オゾン療法(血液クレンジング)はがんの予防・再発防止に有効」といったものがあると本の冒頭にも出てきます。
勝俣 それはほんの一部です。他にもあやしい治療法が日本のメディアで広められています。海外では、医療情報はかなり厳しく規制されているので、比較的まともです。命に関わることですから。グーグルの検索画面で間違ったがん情報がトップ画面に出ないようにしていますし、怪しげな医療の広告も載りません。一方日本では、「がん治療」と検索すると、怪しげな医療情報や、怪しげな医療広告のリンクがたくさん出てきます。
――つまり、それだけ一般に向けて正しい情報を発信するメディアや機関が少ないわけですね。
勝俣 トンデモ医療が増える一番の原因は、そのほうが注目されやすいからです。トンデモ医療は基本的に、都合がよく、わかりやすく、センセーショナルで意外性があるという特徴を持っています。がんを治したい人、がんになりたくない人の弱みにつけこんで、ワラにもすがる人たちが飛びつきやすい情報を垂れ流しているのです。
医療の世界も例外ではありません。効果が証明されていない治療法を「自由診療」として医師が提供して、数十万円から数百万円単位の高額な治療費を請求しているケースが非常に多いんですね。
――本では、「自由診療」の代表的なものとしてビタミンC療法を挙げています。でも、長年の研究で有効性はまったく証明されていない(注1)と知って驚きました。アメリカの政府機関である食品医薬品局(FDA)は、ビタミンC療法を行っている施設は違法だと注意喚起をしている(注2)そうですが、日本は野放しですよね。
注2 FDA, Warning Letter
https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminalinvestigations/
warning-letters/vitamin-c-foundation-514071-04172017
勝俣 そうなんです。本にも書きましたが、インターネットで検索すると、300件以上のクリニックが、がんのビタミンC療法をやっていることがわかります。海外先進諸国では基本的に、根拠のない治療を医師が勝手に自費でがん患者さんに投与することは厳しく規制されています。日本のこの現状はかなり異常だと言わざるを得ません。
がんに直接効果があると
証明された民間療法はひとつもない
――ほかにも医師によって提供されない「民間療法」も本で問題視しています。健康食品、サプリメント、ヨガ、漢方薬、鍼灸などは、信じて続けている人もいます。でも、がんに直接治療効果があると証明された民間療法は、本のデータによるとたったのひとつもないんですね……(注3)。
勝俣 本当にがんに効くのだったら、われわれ医師がまず提供していますよ。世の中には、「がんに効く」とうたっている治療法が何百とあります。その中で、我々のようながん治療の専門医が提供している「標準治療」、つまり保険が適用される治療法というのは、どれだけ厳しいプロセスを経て世界で承認されているか、知っていますか?
――たしか本には、マウスなどを使った細胞実験から、実際のがん患者さんの臨床試験まで、効果がきちんと証明された薬は1万個に1個ほど(注4)と書いてありました。
Science, Business, Regulatory, and Intellectual Property Issues Cited as Hampering Drug Development
Efforts.”
勝俣 正解です。スポーツ選手でいえば、全国大会で活躍したようなスーパーエリートしか、「標準治療」の薬として認められていないんですね。現在標準治療として認められている抗がん剤は、何十年もの間、研究者が競い合うように実験したなかで残ったものしか使われていません。割合にすると0.01%ですが、現在までに承認された抗がん剤は、150種類ほどになります。ですから、科学的に有効性が認められていない高額なトンデモ医療を受けるのは、よい選択肢とはいえないんですよ。
日本の抗がん剤治療のパイオニア
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授、外来学療法室室長
富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業後、国立がんセンター中央病院内科レジデント、同薬物療法部薬物療法室室長などを経て現職。『世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療』(ダイヤモンド社)『逸脱症例から学ぶがん薬物療法』(じほう)、『「抗がん剤は効かない」の罪』(毎日新聞社)など著書多数。