「脱法」という言葉で刷り込まれる虚ろな安心感
当然ながら、これらはAとBの個人的体験に過ぎず、普遍化されるべきものではない。薬物が持つ危険性への認識は、これからも広く社会に定着していくべきである。しかし、Aはこうも語る。
「それで、脱法ドラッグが流行ってるのを見てると、『違法ドラッグ=人間終わり』みたいなレッテルが逆に、脱法ドラッグを広げている部分はある。要は『違法ドラッグ=人間終わり』だと刷り込まれているほど、『じゃあ、脱法ドラッグは大丈夫なほうだから、軽いのだから、試してみるか』となる」
「いや、脱法ドラッグが出てくる前から、海外旅行が趣味だったりしてちょっと悪ぶりたいヤツには、『薬物にまつわる有名な固定観念』があった。それは『覚せい剤はヤバいけど、大麻はたいしたことがない』っていうイメージ。『オランダでは大麻が合法でね~』『海外の音楽イベントいったらハッパが回ってくるの常識だから』なんていう、これもなかば都市伝説のように人々の意識に埋め込まれている話。それを語るのは別に不良じゃなくて、むしろ、いい大学出てるヤツとか有名企業で働いているヤツとかが、『実はクスリの経験あるんだ』なんて言って、中途半端にアウトローぶったり、アンダーグラウンド語りたがったりしているのよくあるだろ」
「こういう固定観念こそ、『脱法ハーブ』まん延の土壌なんじゃないの。つまり、『覚せい剤はヤバイけど大麻は大丈夫。でも日本でやったら大麻も違法は違法。なら大麻に似てるっぽい脱法ハーブなら一応合法だし全然OKでしょ』……っていう図式。これは単なる一般人たちの『思い込み』なんだけどさ」
「違法ドラッグに対してあるイメージが形成されることが、結果的に脱法ドラッグに人を向かわせる」というAの見解は、個人の「印象論」に思われるかもしれない。しかし、例えば、以下のような数値をその裏付けと考えることもできるだろう。
2006年、内閣府大臣官房政府広報室が5000人に対して行なった調査によると、「覚せい剤(エス、スピード、シャブ)」を知っていると答えた者は2331人。そのうち、「恐ろしいものだと思う」と回答した者の割合が98.3%(「非常に恐ろしいものだと思う」91.5%、「どちらかといえば恐ろしいものだと思う」6.8%)にものぼる。
一方で、同様の調査で「MDMA(エクスタシー)」を知っていると答えた者は658人に留まり、そのうち「恐ろしいものだと思う」と回答した者は87.4%(「非常に恐ろしいものだと思う」69.9%、「どちらかといえば恐ろしいものだと思う」17.5%)である。
これほど多くの人に、名前も、「恐ろしさ」も強く認識される覚せい剤に対し、当時はまだ知名度も低く、かつて「脱法ドラッグ」とされる時期もあったMDMAを知るものは少ない。さらに、その名前を知る人々の中でも「非常に恐ろしい」とする割合が減少し、「どちらかといえば恐ろしい」と考える割合が大きく増加する結果に象徴されるように、その危険性への認識は曖昧なものとなっている。
しかし、いくらMDMAの危険性についての認識が「曖昧」であったとしても、MDMAの名を世間に周知するきっかけとなった押尾学事件(2009年)を改めて説明するまでもなく、MDMAが孕む危険性自体を疑う余地はない。
今でこそ、MDMAを使用すれば、場合によっては命を落とす大事件につながるという認識はある程度共有されたが、今この瞬間も無数に開発され続ける名もなき「脱法ドラッグ」の危険性に対する(「覚せい剤」など有名なドラッグに比して)曖昧な認識に、「興味本位」や「軽い気持ち」が合わさった時、“普通の人”が手を伸ばすことになるのだろう。
違法薬物の流通に加担してきた人々からは、こんな声が聞かれる。
「(これまでは顧客であったドラッグ初心者に)大麻が売れなくて困ってる。高いし、危ないと言われてしまう」
「脱法ハーブは欧米から堂々と輸入されている。捕まりさえしなければ、数千円で何回か、何日かは保つ。これまでは中毒になったヤツ自身が末端のバイニンになって、稼いで、そのカネでさらにクスリを買うっていう流れもあったけど、そんな努力をしなくてもクスリが手に入るようになった。ダメな人間がよりダメになっている」