「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」

 それでは、こういったイタチごっこが続くのはなぜだろうか。その理由のひとつに、「適度な依存性と経済性」が挙げられる。

 サトシが「脱法ハーブ」に手を出したのは2年ほど前のこと。子どもの頃からの友人に勧められてのことだった。

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「最初は遊びで楽しかったけど、途中から楽しくも好きでもないのにやる状態。だんだん効かなくなるから1日おいたり、毎回の分量を減らしたり、コントロールをしてでも続けたくなる。無駄に寝られなくなったり、ムカムカしたり。吸うたびに腹が減って、喉も乾くから飲食費もかかる。本当は、カネさえあれば、ナチュラルなの(本物の大麻や覚せい剤など)やりたいんだけど」

 やめたくともやめられない依存性。ある側面では、誰もが知っているような「違法薬物」と比較すると、相対的な依存性は弱く、コントロールできる余地がいく分残されているものなのかもしれない。

 しかし、そうであるが故に、手軽に続けられてしまう状況がある。そして、これに拍車をかけるのがその価格だ。「違法薬物」の数分の一から数十分の一程度の価格で手に入れられることと相まって、より多くの人の手に広まる可能性を持っている。

 規制のイタチごっこが続くもうひとつの理由は、「脱法ハーブ」に、いわば「逆レッテル(レッテルとは反対の方向に向かおうとする力)が貼られている」からだ。これはどういうことだろうか。

 サトシの友人で覚せい剤の使用経験があり、周囲にも使用経験者がいるAは、1980年代、TVCMで頻繁に流された日本民間放送連盟制作の麻薬撲滅キャンペーンのコピー「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」を例に取りながら説明する。

「いつの間にかCM自体はなくなったけど、30代以上の人はたいてい知ってる。薬物乱用=人として終わり、という強烈なイメージは確実に脳裏に刷り込まれていると思う。ただ、そのノリで実際にドラッグやっている人間と近いところで遊ぶようになると、拍子抜けする部分がある。もちろん大きく見れば、薬物中毒には『人として終わってる』のが多い。『覚せい剤は怖いんだ』っていう威嚇で麻薬使用者を減らした効果もすごくあって、治安維持的にも有効だっただろうね」

「でも、ぶっちゃけ、依存するかどうかっていうのは(薬物の)種類差、個人差が相当ある。表立っては言っちゃダメなことだろうけど、百発百中依存するわけでもないってことだ。それは薬の使い方にも、体質にもよる。あとは、育ってきた環境や、今置かれている立場。複雑な家庭で育って幼少期にトラウマ体験がある、経歴・学歴・容姿とかに強いコンプレックスがあるとか。それに、内向型、内気で一人でいるのが好き、対人関係が苦手、孤独感、孤立感を感じているっていうような性格の問題」

「クスリやる以前からそういうのがあると、思いっきり中毒になって、感情の起伏が激しく出て、被害妄想を持つ。もともと感情の起伏が激しくて、被害妄想に陥りやすい性格。それがクスリで増幅される。そんな感じ。ちなみに、オレはハマらなかった。外交的、楽天的でカネもない。でも、その感覚って別に『どうだ依存しなかったぞ』とかいうストイックな何かじゃない。別に改めてカネ払って買いたいという気も起きないし、オレにとって何の魅力もないっていう感じ」

 もちろん、Aとは違う見方をする者もいる。海外滞在中に自ら様々な薬物の使用を経験し、周囲にも薬物使用者が多い30代のBはこう語った。

「シャブやって、ソフトランディングした例はほとんど見たことないよね。事件起こすか、その前に逮捕されるか。日本に帰ってきてやらないのはやっぱリスク高いからだけど、海外にいてもシャブだけはリスク高いから手を出さなかったよね」