世界的に有名な企業家や研究者を数多く輩出している米国・カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院。同校の准教授として活躍する経済学者・鎌田雄一郎氏の新刊『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)が7月30日に発売された。本書は、鎌田氏の専門である「ゲーム理論」のエッセンスが、数式などを使わずに、ネズミの親子の物語形式で進むストーリーで理解できる画期的な一冊だ。
ゲーム理論は、社会で人や組織がどのような意思決定をするかを予測する理論で、ビジネスの戦略決定や政治の分析など多分野で応用される。最先端の研究では高度な数式が利用されるゲーム理論は、得てして「難解だ」というイメージを持たれがちだ。しかしそのエッセンスは、多くのビジネスパーソンにも役に立つものであるはずである。ゲーム理論のエッセンスが初心者にも理解できるような本が作れないだろうか? そんな問いから、『16歳からのはじめてのゲーム理論』が生まれた。
神取道宏氏(東京大学教授)「若き天才が先端的な研究成果を分かりやすく紹介した全く新しいスタイルの入門書!」松井彰彦氏(東京大学教授)「あの人の気持ちをもっとわかりたい。そんなあなたへの贈りもの。」と絶賛された本書の発刊を記念して、著者が「ダイヤモンド・オンライン」に書き下ろした原稿を掲載する(全7回予定)。
ゲーテの優れたアイデア
皆さんは、ゲーテという作家の名前を聞いたことが、一度はあるだろう。今回はこのゲーテが、人々が相手の行動を読みながら意思決定をする状況を分析する「ゲーム理論」の優れた使い手だった、という話だ。
時は1797年。叙事詩『ヘルマンとドロテーア』の草稿を仕上げたゲーテには、これを出版社に売るという仕事が残されていた。もちろんできるだけ高く買い取ってほしいわけだが、問題は出版社がいくらまでなら払っていいと思っているか、つまり「支払える最高額」が分からないということだ。
直接聞いてもいいが、どうせ安い値段を言われるに決まっている。本当はいくらまでなら払えるのか、そこを知っておきたい(後にゲーテはこう述べている:「一番の悪弊を教えてやろう。それは、出版社は自分の利益が幾ばくかをよく心得ているが、著者は完全に闇の中にいるということだ」)。
そこで彼は妙案を思いついた。彼は出版社のヴューイッグ氏に、手紙を送った。
「私は叙事詩『ヘルマンとドロテーア』をあなたに売りたいと思っていますが、支払いについては以下のようにしたいと思います。
まず、私は私の要求額を書いたものを封筒に入れ、ボティガー弁護士に渡します。そして、あなたがいくら払いたいと提案するか、待ちましょう。
もしあなたの提案額が私の要求額よりも低かったなら、私は封書をボティガー弁護士から返してもらいます。封書は、開かれずじまいです。しかし、もしあなたの提案額の方が高かったら、支払いは私の要求額で良い、ということにしましょう」
なんだかややこしいが、なぜこんなことをしなければいけないのだろうか。実はこれは、ゲーテがヴューイッグ氏の出方を熟考した結果の、よくできたアイデアなのである。この点を解説すると論考が長くなりすぎるので、詳しく解説はしない。ただ、このゲーテの考えについて重要な点を述べるにとどめておこう。