思わず誰かに話したくなる鉄道なるほど雑学
狭軌レールで走る旧国鉄C12形蒸気機関車(真岡鐵道) Photo:PIXTA

鉄道アナリスト・川島令三氏の新刊書『思わず誰かに話したくなる鉄道なるほど雑学』の中から、鉄道に関するディープなウンチクをご紹介。前回に続き今回もレール幅のお話です。日本の鉄道のゲージ(軌間)に、なぜ欧米よりも狭い「狭軌」がわざわざ採用されたのか。その後、国鉄は狭軌ゆえの車両の狭さという課題をどう克服していったのか。レール幅にまつわる興味深い歴史をお伝えします。

英国商人にしてやられ、
日本最初の鉄道は中古品

 多くの鉄道建設に関与した大隈重信公が、イギリス人からゲージ(軌間)をどうするかと聞かれたとき、ゲージの意味がわからず、諸外国ではどうなっているのかと聞くと、日本のような川や山が多く平地が少ないところでは、南アフリカなどに敷設されている3フィート6インチ(1067mm)が適当と勧められた。

 当時、3フィート6インチは南アフリカで採用されていたためにケープゲージと呼ばれていた。

 勧めたイギリス人とはHoratio Nelson Lay(以下レイ)という人物だった。レイは建設資材の購入やイギリス人の鉄道技師の人選、イギリスで日本の鉄道建設の公債の発行などをするといった、いわゆる“お雇い外国人”だった。

 しかし、したたかな商人でもあり、大隈公にケープゲージを勧めたのは、同じケープゲージを採用していたインドの中古資材を購入して、その利ザヤで大儲けをたくらんだためだった。

 日本初代の鉄道建設技師長のエドモンド・モレルに、ケープゲージを導入することが承認されたと伝え、即刻インドの中古資材や機関車、客車、貨車などを発注した。