田舎はいいとこ一度はおいで
長い通勤時間は工夫次第

 そのほか気づいた点、わかってきた点である。

 まず、治安はすこぶる良い。前評判では「治安が悪い」と聞かされていた地域だが、不良のごとき人種とはついぞ出会わない。おそらくこれは筆者の生活する時間帯や場所が子育てにシフトしているからで、たまに遠くから暴走族とおぼしき奇妙なエンジン音の合奏が聞こえてくるくらいである。

 飲食店は少ないがチェーン店は一通りそろっていて、軽く外食するくらいなら不便はない。それどころか、個人店ではかなりうまい店が点在していて、生涯で最も美味と思えるそばとは、この地で出合うことができた。また、近所にインド人がやっているカレー店があって、名を「ナン」という。直球も直球、豪速球のネーミングであり、実際に「ナン」という看板を目にした際のインパクトには計り知れないものがあるが、口コミによるとこの店、店名になっているだけあってナンが絶品らしい。クオリティーを伴ったこの潔さには脱帽するほかない。ともかく、近隣では超高級料理やはやりのおいしい料理こそ食べられないが、筆者くらいの一般市民的な舌なら十分満足させてもらっている。

 最後に通勤について。筆者は現在週1で都内に出稼ぎに行っている。通勤時間は電車なら2時間半、車なら高速をフルで使っても1時間。通勤にかかる往復の合計時間を思うとげんなりさせられていたが、通勤の間は工夫次第でいくらでも有意義に過ごせる。

 電車ならスマホで仕事をする、あらかじめダウンロードしていた映画を見るといったことが可能で、車ならCDをかけてボイストレーニングができるのである。通勤は車を使うことが多く、高速を使うかどうかはその日の気分次第だが、運転中は車から逃げることができないので嫌でもボイトレに精が出る。

 結果、驚くべきことだが、30歳くらいのときまで懸命に取り組みつつも限界を感じ「これ以上はもううまくならないだろう。自分はセンスがない」と半ば諦めていた歌が、ここに来て発展を見せ、さらなる向上の余地の気配すら匂わせ始めたのである。練習にかける時間自体は昔に比べれば激減しているので不思議なことだが、何にせよ田舎暮らし様々である。
 
 最寄り駅周辺にメガバンク、およびそのATMが存在しないのは考えものだが、総じて田舎暮らしは悪くない。車で東京から帰る際、車窓を流れる風景が荒れてくると「マイホームタウンに戻ってきた」と安堵を覚えるくらいにはなじんできている。住み始めて1年だが、さらに住むほどこの地になじんでいくであろうという手ごたえである。
 
 庭の草をむしり、虫を殺し、近所のそば店で「世界一うまい!」と舌鼓を打つくらいには、田舎のおじさんとしていいあんばいに染まってきている。都会からの地方移住がひそかに注目されている昨今だが、これがその中の1ケース、その実態である。