誰もが「この絵」を本能的に好きになってしまう訳Photo:Adobe Stock

新型コロナウィルスの影響で外出時間が減った今年、なんとなく日々重たいような気分を感じているという人も多いのではないだろうか。そんな中、世界最高の創造集団IDEOのフェローによるきわめて画期的な本が上陸した。『Joyful 感性を磨く本』(イングリッド・フェテル・リー著、櫻井祐子訳)だ。
著者によると、人の内面や感情は目に映る物質の色や光、形によって大きく左右されるという。つまり、人生の幸不幸はふだん目にするモノによって大きく変えることができるのだ。
本国アメリカでは、アリアナ・ハフィントン(ハフポスト創設者)「全く新しいアイデアを、完全に斬新な方法で取り上げた」、スーザン・ケイン(全米200万部ベストセラー『QUIET』著書)「この本には『何もかも』を変えてしまう力がある」と評した他、アダム・グラント(『GIVE & TAKE』著者)、デイヴィッド・ケリー(IDEO創設者)など、発売早々メディアで絶賛が続き、世界20か国以上で刊行が決まるベストセラーとなっている。その驚きの内容とはどのようなものか。本書より、特別に一部を紹介したい。

世界各国で「一番好かれる絵」がなぜか同じ

 ロシアの反体制派アーティスト、ヴィタリー・コマールとアレグザンダー・メラミッドの二人が、1993年に一風変わったプロジェクトに乗り出した。世界中の人々の多様な芸術的嗜好に興味を持った二人は、10ヵ国を対象に、各国の人々が好む色や様式、テーマなどを調べ、それをもとにどのような絵画が好まれるのかを調査した。

 調査が完了すると、二人は結果を視覚的にまとめた、各国で「最も好まれる絵画」を描いた。できあがった絵画はお世辞にもうまいとはいえず、またこのプロジェクトは美術界によって、高尚なジョークのようなものとして一蹴された。

 だが美術作品としての質はさておき、これらの絵画には特筆すべき点がある。中国からトルコ、アイスランド、ケニアまでの人々に最も好まれたのはすべて風景を描いた絵だった。しかもそのすべてが同じ風景を描写していたのだ。

「最も好まれる」絵画は、少数の例外を除けばすべて、青空の下に木がまばらに生えた草原が広がる、気持ちのよい戸外の風景である。なだらかな丘と水辺、それに少数の動物と人も見える。

 コマールとメラミッドの不思議な調査結果について、草原の風景画が広く親しまれているからだと分析する批評家もいる。「最も好まれる」絵画とまさに同じ風景が、ハドソンリバー派からオランダ黄金時代に至るまで欧米のあらゆる風景画に描かれているほか、世界中の家の壁に掛けられた安価なポスターや壁掛けカレンダーにも用いられていると、彼らは指摘する。

 もしかすると「最も好まれる絵画」の草原の風景が広く愛されているのは、美学の帝国主義のようなもののせいかもしれない。欧米で生まれた風景への好みが、ビッグマックやコカ・コーラへの好みのように世界を席巻したのだろうか。

 だが各国の「最も好まれる絵画」に驚くほどの共通性が見られることに、別の意味を読みとる進化理論家もいる。この種の風景は美術作品だけでなく、実生活でもよく見られるというのだ。

 ランスロット”ケイパビリティ”ブラウンの設計した有名な英国式庭園や、フレデリック・ロー・オルムステッドがデザインしたニューヨーク市のセントラルパークとプロスペクトパークが、その一例だ。

 人間は土地をこのような風景につくり変えるために、多大な労力を費やしてきた。たとえばブラウンとオルムステッドは、愛される公園をつくるために木々を取り払い、草を植え、池を掘り、土地を造成した。セントラルパークだけでも、190万立方メートルもの岩と土、泥を搬入した。

 こうした風景は、正確にいえば自然ではなく、むしろ世界の別の場所、それらを生み出したデザイナーやアーティストが一度も訪れたことのない場所、すなわちアフリカのサバンナに似ているのだ。