スティーブ・ジョブズとグーグル元会長兼CEOのエリック・シュミットには「共通の師」がいて、さらにはグーグル共同創業者のラリー&セルゲイ、フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグ、『HARD THINGS』著者のベン・ホロウィッツ、そのほかツイッターやヤフー、ユーチューブのCEOまでが同じ師に教えを請うていたというと、ウソのような話だと思われるのではないだろうか。
だが、それがまぎれもなく本当のことなのだ。その師の名は、ビル・キャンベル。アメフトのコーチ出身でありながら有能なプロ経営者であり、「ザ・コーチ」としてシリコンバレーで知らぬ者のない存在となった伝説的人物だ。
そのビルが亡くなったことをきっかけに、このままではその教えが永久に失われてしまうと危機意識を抱いたのが、15年以上にわたってビルに教えを受けてきたシュミットら、世界的ベストセラー『How Google Works』の著者トリオだ。
シュミットらは、自分たちの体験に加え、ビルの薫陶を受けた100人近くもの人物に、ビルの「成功の教え」について取材を敢行、ついに完成したのが『1兆ドルコーチ──シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著、櫻井祐子訳)だ。
同書は、現役のグーグルCEO(スンダー・ピチャイ)とアップルCEO(ティム・クック)が並んで賛辞を寄せる異例の1冊となり、世界21か国での発売が決まっている。同書から特別に一部を公開したい。(初出:2020年1月3日)
なぜ「管理職」なんかいるのか?
2001年7月、創業3周年を間近に控えたグーグルは、のちに収益の大きな柱となる広告管理・運用サービスのアドワーズをリリースしたばかりだった。
当時グーグルには数百人の従業員がいて、そのうちの多くのソフトウェアエンジニアが、アップルやサンの幹部を経て6ヵ月前にグーグルに入社したウェイン・ロージングの下で働いていた。
ウェインはマネジャー(管理職)たちの仕事ぶりに不満を持っていた。エンジニアとしては優秀だが、マネジャーとしては二流だと感じていた。彼は創業者のラリーとセルゲイに相談し、3人はなんとも過激なアイデアを持って、CEOのエリックのところにやってきた。エンジニアリング部門のマネジャーを全廃するというのだ。ウェインとエリックが「脱組織化(ディスオルグ)」と名づけたこの体制のもとでは、ソフトウェアエンジニアの全員が、ウェインに直接報告することになる。
ラリーとセルゲイはこのアイデアがとても気に入った。2人はきちんとした会社で働いた経験がなく、学生が何の「管理」も受けずに、アドバイザーのもとで協力してプロジェクトに取り組む、大学の緩やかな体制を好んでいた。
学問の世界から来た2人は、マネジャーの役割にかねがね疑問を持っていた。
そもそもなぜマネジャーが必要なのか? とびきり優秀なエンジニアたちをプロジェクトに取り組ませ、プロジェクトが完了するかやるべき仕事が終わったら、次のプロジェクトを勝手に選ばせればいいじゃないか? 幹部がプロジェクトの進捗を知りたいとき、なぜ実際に仕事をしてもいないマネジャーと話す必要があるのか? エンジニアに直接聞けばいいじゃないか? 世界最古のマネジャーは、最古の会社ができた直後に置かれたなんて、知ったことか。ここは慣習が死滅した組織、グーグルだぞ。