ある程度予想はしていた。シモンズと彼のチームはウォール街史上もっとも秘密を守るトレーダーで、商売敵にいっさい手掛かりをつかまれないよう、自分たちが金融市場を征服した経緯のヒントすら与えまいとしている。社員はメディアへの露出を嫌い、業界の会合や公的な集まりもほとんど避けている。あるときシモンズは、自分の姿勢を説明するのに、ジョージ・オーウェルの小説『動物農場』に登場するロバのベンジャミンの言葉を引用した。「『神は僕に、ハエを追い払うための尻尾をくれた。でもそれより、尻尾もなくてハエもいないほうがいい』。俺は世間の関心をそういうふうに感じている」

 私は自分の皿から視線を上げて、作り笑いをした。

“これは戦いになるぞ”

 私はあきらめまいと、防壁をしらみつぶしに調べて穴を探した。シモンズのことを書いて彼の秘密を暴くことに取り憑かれていった。彼が築いた障壁によって、追求したいという衝動はますます掻き立てられた。

現代金融史上
もっとも成功したトレーダー

 シモンズの話を綴ろうと心に決めたのには、抑えがたい理由がいくつかあった。元数学教授のシモンズは、現代金融史上おそらくもっとも成功したトレーダーである。ルネサンスの屋台骨であるヘッジファンド、メダリオンは、1988年以降、年間平均66パーセントの収益率を上げ、運用収益は1000億ドルを超えている。投資の世界でこれほどの額に迫る者は誰もいない。ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロス、ピーター・リンチ、スティーブ・コーエン、レイ・ダリオですら手が届かない。

 近年ではルネサンスは、年間70億ドルを超える運用収益を上げている。この額は、アンダーアーマー、リーバイ・ストラウス、ハズブロ〔玩具メーカー〕、ハイアット・ホテルズなど名の通った企業の年間売上高を上回る。とんでもない話だ。これらの企業は何万人もの従業員を抱えているが、ルネサンスはたった300人ほどなのだ。

 私の推計では、シモンズの資産総額は約230億ドル、テスラ・モーターズのイーロン・マスク、ニューズ・コープ〔フォックス・ニュースや20世紀フォックスなどを有する企業グループ〕のルパート・マードック、あるいはスティーブ・ジョブズの未亡人ローリーン・パウエル・ジョブズよりも裕福である。ルネサンスのほかの社員も億万長者で、自社のヘッジファンドに平均5000万ドル近く投資している。まさにシモンズと彼のチームは、王様と麦わらと金塊の山が登場するおとぎ話のように富を生み出しているのだ。

秘密のヘッジファンド「ルネサンス・テクノロジーズ」とジム・シモンズの謎を追う