私が興味を惹かれたのは、トレーディングに成功したことだけではない。ほかの投資家がまだ直観や本能や昔ながらの調査に頼って予想を立てていた時代に、シモンズはいち早く、山のようなデータを掘り下げて高度な数学を駆使し、最先端のコンピュータモデルを開発しようと決心した。それ以来、シモンズが引き起こした革命は投資の世界を席巻してきた。2019年初めには、ヘッジファンドなどの定量的投資家、いわゆる「クオンツ」が市場の最大のプレイヤーとして台頭し、株式取引の約30パーセントを支配して、個人投資家と従来の投資会社を合わせた取引規模を上回った。かつてMBA(経営学修士)は、科学的でシステム的な投資法に頼るなどという考えをバカにして、必要となったらプログラマーを雇えばいいと高をくくっていた。だが今日では、逆にプログラマーのほうがMBAを相手に同じことを言う。ただし、あくまでもMBAを気に掛ければの話だが。

 シモンズの先駆的な手法はほぼあらゆる業界に取り入れられ、日常生活の隅々にまで浸透している。30年以上前からシモンズと彼のチームは、大量の統計データを処理し、数々の作業を機械に任せ、アルゴリズムに頼っていた。同様の戦術が、シリコンバレー、政府機関、スポーツスタジアム、病院、軍司令部など、未来予測を必要とするほぼあらゆる場所で取り入れられるようになったのは、ずっとのちのことである。

 シモンズは有能な人材を囲い込んで操るための数々の戦略を編み出し、生粋の知力と数学の才能を驚くほど大量の富に変えた。数学からお金を、しかも大金を作ったのだ。数十年前ならそんなことはほぼ不可能だった。

現在のシモンズたちは
何をしているのか

 近年シモンズは、いわば現代のメディチ家として台頭し、パブリックスクールの何1000人もの数学教師や科学教師の給料を助成したり、自閉症の治療法の開発や生命の起源の探求を支援したりしている。それらの取り組みは確かに価値があるが、その一方で、一個人がこれほどの影響力を振るうべきかどうかという疑問も巻き起こっている。2016年、ドナルド・トランプの大統領選の勝利に個人としておそらくもっとも貢献した、上級取締役のロバート・マーサーの影響力もしかりだ(※)

 トランプに最大の献金をしたマーサーは、無名だったスティーブ・バノンやケリーアン・コンウェイをトランプの選挙活動に引き抜いて、困難な時期をしのいだ。また、かつてマーサーが経営していて現在は娘のレベッカが率いているいくつかの企業は、イギリスのEU離脱を推進するキャンペーンを成功させる上で中心的な役割を果たした。シモンズやマーサー、そしてルネサンスの連中は、今後何年ものあいだ幅広い影響をおよぼしつづけるだろう。

(※)マーサーはすでにルネサンス社の共同CEOを退いているが、上級社員として会社にとどまっている。