『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』5万部のベストセラーとなっている、ADHD(注意欠如・多動症)当事者の借金玉さん。まだ34歳だが、その生い立ちは「ジェットコースター」という言葉がぴったりの、波乱万丈な内容だ。
発達障害を誰にも理解してもらえないまま、不登校を繰り返してきた小中高校時代。「このままじゃヤバい」と一念奮起して早稲田大学に進学し、大手金融機関への就職を果たした大逆転時代。しかし結局「普通」の仕事がまったくできずに退職し、起業にも失敗した「うつの底」時代……。
30歳の頃には、死ぬことばかり考えて「毎日飛び降りるビルを探していた」借金玉さんが、どん底から脱することができた理由。それは、生活、そして人生を立て直す「再起」のテクニックをひとつずつ身につけていったからだった。
今回は、学校にほとんど行かなかったのに借金玉さんに、それでも大学に受かった勉強のポイントについて話を聞いた。
(取材・構成/樺山美夏、撮影/疋田千里)

何があっても「学力」をつければサバイブできる

――前回の記事で、「学校に行かなくていいから勉強はしよう」と子どもたちに呼びかけていました。

借金玉 発達障害といっても千差万別で、「学校」に適応できないだけで、「勉強」ができないわけじゃない子もたくさんいます。でも、学校で「ちゃんとしろ!」「なんでできないんだ!」と怒られ続けると「自分は勉強が嫌いなんだ」と勘違いしてしまう。これは、本当にもったいないことです。

 何があっても学力だけは身につけておいたほうがサバイバルできることを、当事者にも親御さんにも知ってほしいですね。

――借金玉さんが、不登校によって小学校の授業で習う「基礎学力」の部分を身につけられなかったことは、その後の進路にも影響したと思います。どう克服していったのでしょうか。

借金玉 僕は、小学校4年生からほとんど学校に行っていません。結果、「鶴亀算」とか「日本地図」とかを習わないまま中学に入学したので、ものすごく苦労しましたね。

 試験中、数学の問題を解くときに手が止まっちゃうんですよ。解法はわかっていても計算ができなくて……「3+2」を間違えたり。今でも2桁の計算は、計算機アプリのお世話になっています。

 僕の勝手な分類ですが、勉強には
・「知識」が必要なもの
・「練度」が必要なもの

の2種類があります。

 先ほど数学の問題を解くときに解法はわかると言ったのが「知識」。計算で手を動かすのが「練度」を必要とする部分ですね。

 僕ら発達障害傾向の強い人間は「ウォーーーーッ」と徹夜して知識を詰め込むのは得意な人が多いと思うんです。ただ、このやり方には盲点があって、ある一定の分野は、コツコツ「練度」を高めていない限り試験本番でどうしても手が動かない。先ほどの計算もそうだし、英単語の暗記なんかもこの部類です。小学生時代に繰り返しやる計算問題ってつまらないけど、やる意味があるんだなと後から気づきました。

 練度が必要な問題には、受験だけではなくて就職試験のSPIでも出会うことになるので、注意が必要です。

借金玉(しゃっきんだま)
1985年、北海道生まれ。ADHD(注意欠如・多動症)と診断されコンサータを服用して暮らす発達障害者。二次障害に双極性障害。幼少期から社会適応がまるでできず、小学校、中学校と不登校をくりかえし、高校は落第寸前で卒業。極貧シェアハウス生活を経て、早稲田大学に入学。卒業後、大手金融機関に就職するが、何ひとつ仕事ができず2年で退職。その後、かき集めた出資金を元手に一発逆転を狙って飲食業界で起業、貿易事業等に進出し経営を多角化。一時は従業員が10人ほどまで拡大し波に乗るも、いろいろなつらいことがあって事業破綻。2000万円の借金を抱える。飛び降りるためのビルを探すなどの日々を送ったが、1年かけて「うつの底」からはい出し、非正規雇用の不動産営業マンとして働き始める。現在は、不動産営業とライター・作家業をかけ持ちする。最新刊は『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』

――中学、高校時代はほとんど学校に行っていなかったそうですが、成績はいかがでしたか?

借金玉 成績は悪くなかったです。ただ、中学時代はあまり素行が良いとは言えなかったので内申点が悪すぎて、進学先が限られてしまったんです。仕方なく入った高校は授業の質が低すぎて、「こんな授業だけ受けていたらどこの大学にも行けないぞ」と。

 それで、高校時代の終盤は大学受験の勉強(過去問を繰り返すこと)だけに集中していました。「進級に不必要な点を1点たりとも取らない」というモットーで。

 先生は「授業をちゃんと聞けば東大でも行ける」っていうんですよ。でも、3年生になって大学の受験要綱を見たらそもそも教科すら足りてない。いわゆる履修漏れ問題に当たったんですが、あれは「教師や学校なんて信用できない、自分で考えて決めないと大変なことになる」という素晴らしい教育でしたね。