星野リゾート代表・星野佳路さんが「組織論」に興味をもったきっかけとは? そして星野さんも痛感している、この30年間に組織論で起こった大変革とは? カラフルなイラスト満載で経営理論の勘所が学べる翻訳書『ザ・ビジュアルMBA』発売を記念して、同書の監訳を務めていただいた星野さんに「経営理論はビジネスの現場でどう役立つのか」を伺ったZoomセミナーの内容をダイジェストでお伝えする1回目です!(1100人超のご参加、ありがとうございました!)

――星野さんは、若き日に米ニューヨーク州にある名門コーネル大学ホテル経営大学院(MPS:Master of Professional Study)で学ばれましたが、そのきっかけは?

星野佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程を修了。帰国後、91年に先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。以後、経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組みつつ、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する“リゾートの革命児”。2003年には国土交通省の観光カリスマに選出された。

大学(学部)時代は、体育会のアイスホッケーに夢中でした。チームを強くすることや、自分がうまくなることに、勉強以上に必死になっていました。ただ家業を継ぐことは小さいころから言われて育ってきたので、卒業後はいつか継ぐだろうと、ぼんやりとはわかっていました。いざ卒業となったときに、きちんと勉強しないといけないなと思い始めて。1980年代ですからMBA(経営学修士)もそんなに知られていなかったのですが、ホテル経営でいちばんいい専門の大学院はアメリカのアイビーリーグ、コーネル大学の専門学部だということで、体育会魂で一番有名なところで頑張ろうと決めました。

――当時、MPSで学ばれたことのうち、経営の現場で一番役に立ったことは?

私は1984年入学ですから、インターネットもない時代でした。ITテクノロジーなくして成り立たない今のホテル業界とはまったく違う世界だったと思います。それでも、ビジネスの定石ともいえる理論の基礎を、あの2年間で学べたことは大きかったですね。その後も(新たな理論を)フォローして学んでいく基礎をつくってくれたと思います。

欧米の大学の教授陣というのは競争が激しくて、論文が学会で認められ、学生たちの評判もとらなければ解雇されるような世界です。だから、経営学についても科学と同様に、過去のビジネスで起こった事象を証明して理論化する、ということが進んでいます。

――監訳を務めていただいた新刊『ザ・ビジュアルMBA』では「リーダーシップ」や「管理会計」、「人材管理」など全章(計20科目)について、星野さんに実践的なワンポイントレッスンを付記してもらいましたが、経営学にさまざまな科目があるなかで、特に今も現場で役立っているのはどれですか?

どの分野が一番、ということはないですが、私の中で一番面白かったのは組織論ですね。

大学時代に体育会のアイスホッケー部で主将を務めたとき、最上級学年でさぼりがちだけど試合に出る4年生がどうすればしっかり練習に取り組んでくれるのか、だとか、将来的に強いチームにするために1年生をいかに鍛えるかといったことをずっと考えていたので、組織論を学びながら、こうすればホッケーのチームももっと強くなれたかも!と楽しみながら学べました。

私が最初に組織論を学んだのはダーマリー教授ですが、聞いていてすんなり入ってくる感じがしました。以降、私の得意分野は、スタッフのモチベーションを上げることや、チームを一つの目標に向かわせること、そのためのファシリテーションなどになったと思います。

――パフォーマンスを最大化できる組織の構造や運営方法について、ホッケーのチームで目指されていたようなことが理論で裏付けられた感じだったのでしょうか。

裏付けられたというほど巧みなことをやっていたわけでもありません。

でも、そうなんだ!という発見もありましたし、理論に対する信頼を学んだことが、私にとっては大きな収穫だったと思いますね。

――今日は、当時使っておられた教科書も含めて、ご用意いただいているんですよね。

こちらは2015年刊の新版。『新1分間マネジャー 部下を成長させる3つの秘訣』(ケン・ブランチャード・スペンサー・ジョンソン著、金井壽宏・田辺希久子訳、ダイヤモンド社)

そう、これはケン・ブランチャードの『1分間マネージャー』です。フローレンス・バーガー教授が、「これなら、あなたも楽に読めるでしょう」と勧めてくださったんですよ。たしかに、すごく薄い本でね(笑)。でも実際に読んでみると、シンプルでわかりやすく、自分に合っているな、と思いました。それから、ケン・ブランチャードの本はすべて読んでいます。この『Gung Ho!』(邦題『1分間モチベーション やる気と業績を伸ばす3つの秘訣』ダイヤモンド社)も愛読書ですね。

組織論の場合、どうしても宗教観のようなものが入ってきて、欧米の考え方がそのまま日本に合わないところもある、という気もしています。宗教的な要素が入ってくる手前のところまでが、日本で実践的に使える理論なのではないか、と私は思っています。

――組織論を学ばれて以降、実践でも試行錯誤されてきた結果、観光業、あるいはもっと広くサービス業にとって理想的な組織の在り方や運営についてはどのようにお考えですか。

『1分間モチベーション 「仕事に行きたい!」会社にする3つのコツ フェニックスシリーズ』(ケン・ブランチャード・シェルダン・ボウルズ著、パンローリング、2015年)

まず、組織論については、父が経営していた時代から私の時代に至って大変革があったと思います。それが、父と私の価値観のギャップにもなりました。父の時代は、戦後の高度成長期の少し手前ぐらいで、人を雇う苦労はなかったんですね。仕事をしたい人の数のほうが、仕事の数より多かったから、多少は厳しいことを言っても人は働きに来てくれました。だから父の考え方では、やる気のない社員がいても、その責任は本人にある、となるんです。私がケン・ブランチャードの理論をMPSで学んだ時代にはそれが180度変わっていて、社員のやる気がないのは経営者の責任だ、とされていました。

――凄い違いですよね。

そうなんです。実際、私が経営を継いで以降の時代は、仕事の数のほうが、仕事をしたい人の数より多かったから、率直に言えば、「日本の地方の温泉旅館で働きませんか」と言っても誰も来てくれないわけです。私が一番苦労したのはリクルーティング(採用)なんですよ。

サービス産業においては、最前線で顧客に接している一人ひとりのスタッフが顧客情報を最も早く手に入れられるし、いちいち上司に承認を取る必要なくその場で判断して行動できることが大事であり、そういう組織の在り方にするにはどうすればいいか、というのがケン・ブランチャードの理論の神髄にあると思います。そのためには、個々のスタッフが戦略を理解し、情報を集中させ、権限を与えなければいけない。仕事は楽しくなければならないし、失敗して評価が下がると思うと思いきった意思決定ができないから、評価制度も大事です。

そして、「言いたいことを、言いたいときに言える」状態にするには、人間関係の在り方も重要ですよね、ポジションによって権限が違うのはやむを得ないけど、デスクやオフィスの大きさに差をつける必要はないし、人間関係はフラットでなければならない。

星野リゾートのフラットな組織文化は競争力の源泉だと思っているのですが、それも何ら隠れた情報ではなく、教科書に書いてあることです。ただ本気で実践しようと思うとなかなか難しいんですよね。(次回記事に続く

<参加者からの質問と回答:イベント中は最後にまとめて伺った質疑応答から関連するもの>

Q1 星野さんは経営理論を総合的に学んで経営者として理論を生かしておられるが、一般社員がMBAを学んでいかせる部分はどのようなところにあるとお考えですか。

星野リゾートのフラットな組織文化において大事にしているのは「議論する」ことです。「誰が言うか」ではなく、「何が正しいか」で物事が自然に決まっていく世界をめざしている。正しいことを語るうえで、理論は大事です。MBAの学位をとることはさておき、理論や定石を理解していないとゲームに勝つ確率を落とすし、周りへの説得力にも欠ける。理論を学ぶことは、自分が考える主張の強い裏付けになるのではないかと思っています。

Q2 星野さんはコーネル大学に留学されましたが、やはりアメリカで学ぶのと、日本で学ぶのと違いはあるでしょうか?

私が学んだのは1984年ですからね。当時は今のようにインターネットも含めてITもなかったし、YouTube(で現地の教授の授業が見られるような環境)もなくて、現地に行く以外に手段がなかった。今は必ずしも行かなくてもいいのかもしれません。オンラインで留学することもできますしね。

ただ国際感覚を磨くという面は、行く価値のある点だと思うんですよね。私の場合は、ホテルスクールで学んでいる1学年50人のうち日本人は私1人だったんです。彼らと議論する中で、日本への期待が何かということと同時に、偏見や決めつけが感じられますよね。2年間一緒に生活してきた中で、「彼らには絶対こう思われたくない」という日本人のプライドめいたものも生まれました。

だから、家業のある軽井沢は、日本のなかでは西洋の文化が根付いている地域ですが、施設の改修ではすごく「日本」にこだわって日本的にしました。留学時代の同級生が見に来たときに、「お前、西洋文化に憧れているんじゃないの」と言われたくなかった。世界の中での日本のポジションは、サービスの商品性を考えるときに重要で、行かなくては学べなかった部分だと思っています。