「油断するとすぐに太る体質なので、フィットネスジムに通っています」
由紀はとまどいながら答えた。
「それは良い心がけだ。運動もせずに食べてばかりいると、どんどん内臓脂肪がたまり、健康に悪いそうだ。気をつけないと命を落とすこともあるらしい」
フォアグラを食べながら安曇は真剣な表情で言った。そして、一言付け加えた。
「君の会社と同じだ」
「ハンナは太りすぎ、という意味でしょうか?」
「不健康な肥満児と言っていい」
(この会社のどこに贅肉が付いているというのかしら……?)
由紀には、その意味がわからなかった。
「ダイエットが必要なのですか?」
「そんな生ぬるい方法では間に合わない。外科的に贅肉を削ぎ落とさないと命が危ない。少なくとも、高田支店長はそう考えている」
(会社の贅肉……)
由紀は考えた。贅肉という以上、会社にはムダなものに違いない。それを取り除け、と高田は言っているのだろうか。
「会社の贅肉って、何のことですか?」
由紀は思い切って聞いてみた。
「売れ残りの製品、山積みにされた生地、使われないミシンなど、例を挙げればきりがない」
そう言われてみると、確かにハンナは贅肉の固まりだ。今の今まで、工場倉庫は物置だ、と由紀は思っていた。ところが、そうではないらしい。あれは会社の贅肉だったのだ。
「贅肉が詰まっているのは、工場の倉庫だけですか」
「倉庫はごく一部に過ぎない。他にもいっぱいある」
「いっぱい……?どこについているのか、見つける方法はありますか?」
「バランスシート(※12)を使うのだ。会社のレントゲン写真とかMRI画像と思えばいい」
「バランスシートですか?」
由紀は、会社のバランスシートを見たことはあるが、それが意味するところが何なのかは、実のところよくわかっていなかった。
「隠し絵の話は覚えているね。バランスシートにも絵が隠されている。バランスシートの左側は会社の現金製造機(固定資産)とその中身(在庫と売掛金)だ」
といって、安曇はテーブルに置かれた由紀のノートに機械の絵を描いた。その機械には材料の投入口と生産物である現金の出口があって、ちょうどソフトクリームの製造装置のような形をしていた。
「これは、現金を入れると、それ以上の現金が作り出される不思議な現金製造機だ」
(※12)バランスシート……ある一時点の資産を左側、負債と純資産を右側に現したもので、左右の合計金額はちょうど天秤のようにバランスをとっていることから、バランスシート(Balance Sheet B/S)とか貸借対照表と呼ばれます。B/Sも資産や負債と純資産をただ並べているわけではありません。損益計算書と同じように「隠し絵」となっています。