発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。
近著『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が紹介されています。
働かなくても生活することはできますが、生活せずに働くことはできません。仕事第一の人にとって見逃されがちですが、生活術は、仕事をするうえでのとても重要な「土台」なのです。
この連載では、本書から「在宅ワーク」「休息法」「お金の使い方」「食事」「うつとの向き合い方」まで「ラクになった!」「自分の悩みが解像度高く言語化された!」と話題のライフハックと、その背景にある思想に迫ります(イラスト:伊藤ハムスター)。

発達障害の僕が発見した「カードローンや引き落としで家計が赤字」から脱出できるたった一つの方法

借金をしてしまう人に欠けている「概念」

 僕は貧しい時代が長かったので、友人知人にそれなりの数の多重債務者がいました。多重債務者が多重債務者になる理由、それは多くの場合「生活の固定費」という概念が抜け落ちてしまっていることにあります。

 彼らはたとえば収入が25万円なのに家賃12万円の家に住んでいたり、ソシャゲへの課金が趣味なうえに格安キャリアを利用していないため、スマートフォンの請求が5万円を超えていたり、あるいは人付き合いの外食や飲みでコンスタントに数万円を使っていたりします。誰でも一度はそんな人を見たことがあると思います。

 僕は、彼らをなんとかしようと試みたことが何度もあります。それは多くの場合ムダな努力でした。人は長年染みついた生活パターンを変えることが、なかなかできないものなのです。変化に弱い発達障害者の場合、その傾向は強くあります。

 しかし、これまでひとつだけ効果を発揮したやり方がありました。それは、「引っ越しをする」というものです。

 僕の友人で、合計300万円以上の多重債務地獄から見事立ち直った男がいます。彼が多重債務から立ち直った最大のきっかけは、「まとまったお金を友人たちから借りて、引っ越しをして生活を立て直した」ことでした。この仲間で金を出し合う「人間立て直しプロジェクト」には僕も参加していたのですが、これまで彼が住んでいた家賃ばかり高くて荒れ果てた部屋を出て、だいぶ郊外に部屋を借りました。今度はきちんと冷蔵庫も洗濯機もそれなりの布団も机もしっかりと購入させ、新しいパソコンまで与えました。結果、彼に長年ついて回っていた浪費癖やギャンブル癖をかなり抑えることに成功したのです。

 いってしまえば単純なことなのですが、生活費が不足して借金がかさんでいく原因は、そもそも生活のスタイルが収入に見合っていないこと。「節約しなければ」と考えて、なんとなくちょっと安いお弁当を買ったり、あるいは服や靴などの購入を我慢したりといった、日常感覚に根差した「節約」はたいていの場合なんの効果も発揮しません。

 だから生活を立て直すには、生活スタイルを根こそぎ変えてしまう。この一手には有効性があるのです。

浪費するのが「めんどくさい」場所に引っ越す

 人間のお金の使い方は「住んでいる場所」に大きく規定されています。家賃が一番に思い浮かぶかもしれませんが、それだけではありません。

 外食が多い人は、たいてい会社帰りの駅前にラーメン屋がある最寄りに住んでいますし、繁華街の近くに家があれば、友達にすぐ呼び出されるのでいつの間にか交際費や飲み会費用が増えます。毎週末パチンコ屋に吸い込まれてしまうのは、パチンコ屋が通える範囲にあるからなのです。

 一方で、僕らは「めんどくさい」感情に勝つことはできません。発達障害の方はなおさらその傾向が強いでしょう。この特性を、生活リセットにうまく使うのです。要は、浪費する原因から、物理的に遠い場所に引っ越せばいいのです。引っ越しをすれば、現状の収入と返済を踏まえて持続可能な家賃の部屋を選ばざるを得ないですし、強制的な生活リセットをかけられます。ついでに、借金を増やしていってしまう悪い習慣とも「物理的に」距離を取ることができます。

 何より大きいのが、引っ越しの住所変更をする手続きの過程で「自分が生活するために最低限の固定費が月々いくらかかっているのか」を把握し直すことができます。

 そんなことは引っ越ししなくてもできる、というのは甘い考え方です。僕にお金を借りにきた人に、「あなたの収入と支出の概算と、毎月の生活固定費を教えてください」と尋ねてみて、正確な回答が返ってきたことはほとんど記憶にありません。そして、それは仕方ないことだと思います。支出の把握は「なんとなく」できることではありません。そして「できていない」という実感を得ることすら難しいのです。

引っ越し資金をどう調達するか

 こういうことを書くと「引っ越しする金がない」といい出す人がいると思います。これについては妥協せず、あなたの信用をフル稼働して、必ずお金を集めてください。「自分は生活を変えたいのだ」と相談して誰かから借りてもいいですし、もちろんリスクはありますがカードローンなどを用いるのも決して悪いことではありません。もちろん、この目論みが甘いものであればそれはあなたの人生に突き刺さる釘になってしまうので、引っ越し後の収入やコストなどを徹底的に計算する必要はありますが。

 「支出を減らすために(借金してまで)支出する」と聞くとナンセンスな話に思えるかもしれませんが、「コストを減らすために投資する」といい換えればあたりまえのことですよね。「コストをかけずにコストを減らせ」─これはほとんど旧日本軍の精神論です。しかし、お金と余裕がなくなるとこの簡単な道理がわからなくなってしまうところが人間にはあります。

 コストカットのために、コピーの裏紙を使うように社員をどやしつける会社に未来があると感じる人はあまりいないでしょう。その感覚が何より大切です。企業も家庭も、コストを下げるには、コストをかけるしかないのです。