予期せぬ経営課題に直面することも多いスタートアップにとって、外部からのインプットを活かすトップマネジメントの「柔軟さ」も重要な要素です。グロースキャピタルの視点で、エンゲージメントを通じた成長戦略の磨き込みに欠かせない「柔軟さ」の意義について考えます。
「100%正しい」と確信して意思決定できるケースは少ない
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):我々シニフィアンはグロースキャピタル「THE FUND」を運営していますが、グロースキャピタル運営者としてスタートアップに関与するにあたり、主に5つのポイントを見ています。「経営チーム」「事業の価値」「上場企業候補としての耐性」「財務耐性」「投資条件」ですね。上場後も継続成長するスタートアップを資金面や知見面で支えるのがグロースキャピタルの役割ですが、以上に挙げた5点は裏返せば、スタートアップが上場後も継続するために必要だと我々なりに目している条件ということですね。
前回はトップマネジメントの「誠実さ」について考えましたが、今回は「経営チーム」の「柔軟さ」について考えてみましょう。
村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):当たり前の話ですが、一定程度の水準まで事業を育ててきた経営者の方は何らかの素晴らしい才覚をお持ちのはずですし、当然、自信もおありだと思います。考えにも強い芯をお持ちでしょうし、それは大事なことです。一方で、スタートアップが長期的に成長するうえで、「自分の考えが100%正しい」と確信を持って意思決定できるケースは少ないとも思います。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):シニフィアンはレイターステージのスタートアップを対象としたグロースキャピタル投資をしていますが、レイターステージに至るほど事業や組織が一定程度確立した会社だからといって、社内を全て見通せて、思い通りに進むかと言うと、決してそうではありません。成長過程の企業として変数は数多く残っており、想定外の事案に対処しなければならないことも当然あるわけです。
村上:検討すべき事項や意思決定に悩む事項が多数ある中で、外部からのインプットをうまく吸収し、「もしかしたら、こちらのアイデアの方が良いのでは」、あるいは「問題を見落としていたので考え直すべきでは」といった判断ができれば、成長戦略をさらに磨き込むことができるでしょう。
こうした意味で、外部の意見を取り入れてゼロベースで見直す「柔軟さ」は、経営者として非常に重要な才覚ではないかと捉えています。
小林:「今まで思っていたのと違う」という状況に直面しても、「こう対処しなければならない」と臨機応変に判断できるフレキシビリティがあるか。そうした点は、会社がより長期的な成長を目指す上で重要な要素だと思います。
問題を見落とさず、より良い方向に成長戦略を磨き込むために
朝倉:これはシニフィアンが運営するグロースキャピタル「THE FUND」の運営ポリシーにも関わる要素です。
我々はリスクマネーを提供するだけでなく、経営者にエンゲージメントしていくことを掲げていますが、我々の立場からすると、仮に投資したものの、まったく議論できない状態、話し合えない状態に陥ってしまうと、投資仮説が実現できないことになってしまいます。どれだけ他の要素が素晴らしい経営者の方であっても、外部からのインプットを受け付けない状況だと難しい。
村上:取り入れられる視点をうまく取り入れながら、何か見落としがないか、より良い方向に成長戦略を磨いていけるか。トップマネジメントの「柔軟さ」の有無を重視しています。
朝倉:上場企業を対象としたエンゲージメントファンドを運営している、みさき投資の中神康議社長もご著書の中で、経営者、会社を評価する観点に「HOP」、すなわち「ハングリー」「オープン」「パブリック」といった3要素を挙げています。
もちろん、外部の視点が常に正しいわけではありませんし、何にでも従えばよいというわけではありません。ただ、一度インプットを受けたうえで咀嚼し、意思決定するプロセスに意味があるのだと思います。
村上:時に、自己過信に陥っているケースを目にすることもあります。
多くの経営者は会社の成長を信じ、そのストーリーを社内外に発信しているはずですが、その結果、「これしかない」「このストーリーでやり切るんだ」という思いが強い余り、ある種の自己暗示に近い状況になっているとお見受けすることもあります。
そうなると、異なる観点に対して、かたくなになってしまったり、否定的なスタンスになったりしてしまうきらいがあるのでしょう。
朝倉:外部からのフィードバックを受けて、得られるものは得たうえで、お互いに建設的な議論を交わせる関係にあるかは非常に重要だと思います。単純に外部からのインプットを活用しないのはもったいないですね。
小林:経営者、起業家は一般的に自分の考えたシナリオに対して強気な姿勢を持つことが多いですし、そうでなければ新しいことは成し遂げられないのも確かでしょう。そうした意識の強さと「柔軟さ」のバランスを取るのは簡単ではない。
これらを両立している人はそう多くないからこそ、我々も注視しているわけですし、トップマネジメントの評価ポイントの2番目という高い優先順位に「柔軟さ」を位置付けているということですね。
*本記事は、signifiant style 2020/9/27に掲載した内容です。
(ライター:岩城由彦 記事協力:ふじねまゆこ)