ワークマンは
リッツ・カールトンに似ている
土屋 たしかに、そうかもしれません。
楠木 リッツ・カールトンには昔から「アンティシペーション(予測)を強みに」という考えが浸透しています。
高級ホテルは、どこでもラグジュアリーできめ細かなサービスを行いますが、リッツはお客の要望を先取りしてサービスを提供します。
土屋 お客様に感動を与える「魔法のようなサービス」といわれていますね。
楠木 これはエクセル経営が導入されるとやりやすくなります。顧客データを見ながらできますからね。
でも、他の高級ホテルでエクセル経営が導入されたからといって「魔法のようなサービス」ができるとは限らない。ここがワークマンとリッツ・カールトンの共通点です。
土屋 社員がデータを活用したいと思っているかどうか。
楠木 そこです。昔からリッツではサービスパーソンがメモ帳を持っていました。
お客様について気づいたことをメモに書き、とりまとめ役がタイプした後に、全サービスパーソンにコピーして配る。
そのうえで「あのお客様はこういうサービスをほしがるんじゃないか」と話し合っていた。これは手間がかかる。だから、データが活用できるようになると、みんな大喜びで使うわけです。
これが「シャシーのほうがエンジンより速い」という状態です。
これがエクセル経営の肝で、ワークマンの事例はリッツに似ていますね。
土屋 製品やサービスはすぐにマネされますが、インフラはなかなかマネできません。
だから時間をかけてやっていきます。
実際、情報システムは簡便で脆弱なものをつくっても意味がないんですね。
10~20年かかるかもしれないが、徹底的にやらなくてはならない。
そのリターンは、ワークマン本部の最適な仕入、各店舗の最適在庫につながっていくと思います。
楠木 繰り返しますが、『ワークマン式「しない経営」』の読者が気をつけたほうがいいのは、「ワークマンがデータ経営で成功したらしい。うちもやるぞ」とこの部分だけをマネると「地獄の1丁目」行きだということです。
たとえばアパレル会社が、女性向けのファッションに、ワークマン式の需要予測データが使えるかというとそうじゃない。
ワークマンは時間をかけてシステムをつくってきたということ。同時に、製品分野の絞り込み、土俵の絞り込みとの相互作用で効果が出ているということを忘れてはいけません。
土屋 当社のファッション系の生産枚数は多い場合は100万着いっぺんにつくります。
需要予測の目標はプラスマイナス10%です。社員にプレッシャーかけないように誤差15%でやろうと言っていますけど。
楠木 「早くやれ」という要素がない。
土屋 プレッシャーをかけないことが大事です。
これまでに当社の分析システムも2回くらい遅れました。システム部長が青くなって「2ヵ月、システム遅れます」という報告がきましたけど、「社員が十分なデータリテラシーを持つまでにあと10年くらいかかるから大丈夫」と話しました。
「時間は気にしないで、いいものをつくってくれ」と言っています。
楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。