昨年、約30年ぶりにアニメ映画が公開された『シティーハンター』もジャンプのマンガであったが、作者の北条司が1981年に連載を開始した『キャッツ・アイ』の主人公は美術品を狙う三姉妹の泥棒の話であり、『キャッツ・アイ』連載終了後に開始した『シティーハンター』も、普段は頼りないスナイパーが登場するお色気漂う作品になっていた。
例外的に「友情・努力・勝利」でヒットするこれらの作品もあったが、基本は「友情・努力・勝利」のパターンであり、経営学的に言えば、「友情・努力・勝利」はジャンプのコア・コンピタンスであるといえる。コア・コンピタンスとは、その企業や組織の中核的な能力であって、さまざまな事業に応用展開できるものと定義されている。「友情・努力・勝利」のパターンは、作者は違っても、ジャンプの編集能力の中で受け継がれてきたコア・コンピタンスなのであろう。
ただし、ジャンプの「友情・努力・勝利」も時代を経て、大きな変化が見られる。たとえば、1985年に連載が開始された宮下あきら作の「魁!!男塾」は、全国の不良少年が集まった塾を舞台に、少年たちの友情、努力が描かれ、少年たちの戦いと勝利が描かれた、これも典型的なジャンプ作品であるが、この頃の「友情・努力・勝利」は完全に男の子の世界のものであり、女の子は描かれたとしても、守るべき立場の者か弱い者であった。
しかし『鬼滅の刃』では、鬼にされた妹「竈門禰豆子」はそうしたか弱い守られるべき者として描かれていない。主人公の炭治郎も最初は妹を守り、人間に戻そうと奔走するのだが、途中で禰豆子も決して弱い女の子ではないことに気づき、兄妹で戦う同志になっていく。
また、「鬼殺隊」のような正義の味方が出てくる作品では、勧善懲悪的な、白黒がはっきりつく敵・味方が描かれることが多かったが、『鬼滅の刃』では主人公は時に戦った鬼に同情し、必ずしも全ての鬼が悪であるという明確な善悪で判断をしていない。ダイバーシティとインクルージョンを大切にする現代にあって、ジャンプの「友情・努力・勝利」も進化し、時代に合わせた連続的なイノベーションを起こしてきたといえる。
アニメ・映画大ヒットの
真の立役者はソニーだった
集英社と週刊少年ジャンプが『鬼滅の刃』を世に出した産みの親であるとすると、アニメと映画を大ヒットに導いた育ての親は、実はソニーである。
以前、筆者はダイヤモンド・オンラインに『ソニーという「何の会社かわからない」集団の強みと弱み』という記事を寄稿したが、アニメ事業もまた、今のソニーの姿である。日本経済新聞の2020年11月6日付の記事『「鬼滅の刃」仕掛け人 ソニーのアニメは三方よし戦略』では、グロービス経営大学院の金子浩明教授が、自前で囲い込もうとするディズニーやNetflixと比較して、オープンな組み合わせによるソニーのアニメビジネスの特徴を分析している。他紙ではあるが、この分析はとても面白い。