時価総額20兆円のIPOが幻となったアント・グループとは?photo: Adobe Stock

世界を代表する50社超の新興企業と、その革新を支える「技術」「ビジネスモデル」を網羅した決定版として話題の『スタートアップとテクノロジーの世界地図』。その一部を無料公開する本連載でも、今回より具体的な各企業を紹介していきます。
まずは、中国の巨大IT企業群BATHの一角を担うAlibabaのオンライン決済プラットフォーム「Alipay」から発展した、アント・グループです。同社は、2020年のIPO直前に中国政府との関係が悪化し、IPOは急遽延期。Alibaba創業者のジャック・マーが中国政府との関係回復を狙い、アント・グループの一部を政府に譲渡する提案をしていた、との報道も出た企業です。ここではその概要を押さえておきましょう。

3大サービス「Alipay」「ユエバオ」「ジーマスコア」を展開

 中国の巨大IT企業群BATHの一角を担うAlibabaは、世界最大のBtoBマーケット・プレイスなどEC事業を中心に展開する。その決済部門として2004年に業務を開始したのが「Alipay」だ。

 2014年、Alipayは「アント・フィナンシャル」にリブランド、さらに2020年には「アント・グループ(Ant Group)」に名称を変更した。社名の「アント(アリ)」は「アリのように小さくても、心を1つにして協力することで驚くべき力を発揮する」というところに由来しており、決済プラットフォームを軸に金融サービスを広げていこうという意志が感じられる。同社の時価総額は2020年10月には20兆円の規模にまで達している。

 アント・グループは、オンライン決済プラットフォーム「Alipay」、世界最大のマネー・マーケット・ファンド「余額宝(ユエバオ)」、個人の信用度をスコアリングする「ジーマスコア」の運営を主な事業とする。

時価総額20兆円のIPOが幻となったアント・グループとは?

 このうち、アント・グループの中核をなすのが決済プラットフォーム「Alipay」だ。Alipayの決済アプリはQRコード決済だけでなく、タクシーの配車やホテルの予約、公共料金の支払い、病院の予約などができる、いわゆるスーパーアプリだ。また、オンラインからオフラインへの進出もおこなっており、顔認証決済をいち早く導入している。コンビニではAlipayの顔認証を利用して買い物をすることが可能だ。

 オンライン資産管理サービスの「ユエバオ」は、Alipayに電子マネーをチャージすることで、最大7%もの金利がつく投資信託商品である。従来の金融商品のように預け入れの年数に縛りがなく、銀行預金のようにいつでも引き出すことができるため、自由度が高い。利便性も高いユエバオは、マネー・マケット・ファンドでは抜群の力を持っている。

 また、「ジーマスコア」は、ビッグデータに基づき個人の信用度をスコアリングするサービスだ。Alipayと結びつき、スーパーアプリから得られる物品、保険商品といった個人の購買履歴から質の高い情報を得ているため、正確性が高くスコア化されるまでの時間も短い。信用スコアを提供する競合のWeChatや平安保険よりも一歩抜きん出ている印象だ。日本ではみずほ銀行とSoft Bankが提携し信用スコア「J.Score」を提供しているが、ジーマスコアはそのおおもととなっている。

金融の外から生まれたがゆえの成功

 いずれもデータとテクノロジーが両立してこそのサービスだが、これはアント・グループがAlibabaから独立し、細かなサービスを地道に拾っているからこそ可能だった。Alibabaの創業者ジャック・マーはアント・グループについて、お金の流れをいかにスムーズにするかに特化したビジョナリーな会社と評する。人の手では追いつかない分野を、テクノロジーを正しく使うことで埋めていく。

 現在、Alipayは中国のオンライン決済処理の約60%のシェアを占めている。タイやインドなどアジア諸国へも進出し、決済プラットフォームを通じて世界へ羽ばたく勢いだ。現在インドで急成長する決済サービス「Paytm」とも出資関係にある。決済プラットフォームに投資信託商品や信用スコアを結びつけ利便性を高めることで、本体である決済を使うユーザーが増えるという好循環を生み出すAlipayは、すでにAlibabaの単なる一部門ではなく、オセロの角を取るサービス企業へと成長している。

 アント・グループがユニークなのは、銀行ではなくECからはじまったフィンテックであるところにある。業種を超えて金融サービスを展開している点で、日本の企業はアント・グループを見習うべきだ。2019年11月にLINEとヤフーの統合が発表されたが、Alipayははるかその先にいると言える。自由度が低く本物のテクノロジーカンパニーが生まれにくい日本においてアント・グループのような試みができるとしたら、ECモールを提供する楽天やメルカリが有力な候補だ。

中国政府との関係が悪化し、IPOは急遽延期に

 出資関係ではソフトバンクがアント・グループに投資しているが、ソフトバンク傘下のYahoo! JAPANがPayPayを展開するにあたっては、中国へのデータ流出の可能性を考慮してAlipayの技術を導入することは避けた経緯があるようだ。しかし、資本関係に基づいて、アント・グループならびに本体のAlibabaとはビジョンを共有する間柄である。

 なお、2020年7月にアント・グループはIPO計画を発表したが、同年10月、上場予定日の3日前に中国金融当局からの聴取を受け上場延期を発表。時価総額20兆円、2020年最大のIPOと言われた計画は幻となった。金融当局を批判したAlibabaのジャック・マー会長の失言を理由に、習近平国家主席が直接、上場中止を決めたとも言われており、今後のAlibabaグループと中国政府との関係に注目が集まっている。