スタートアップ経営者のチャレンジに欠かせないのは、野心を持つこと。一方、ステークホルダーが増すレイトステージで、自己利益のみを追求する姿勢は思わぬ軋轢を生みかねません。グロースキャピタルとして提唱する「健全な野心」の定義と意味について考えます。

スタートアップ経営者が「健全な野心」を保つことの難しさPhoto: Adobe Stock

「小さい成功」で終わるかどうか

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回もレイトステージのスタートアップをグロースキャピタルが見る際、特に重視するポイントを紹介します。これまでに、スタートアップ経営者の誠実さ、柔軟さ、芯の強さ、自分の限界に対する認識、知的体力の重要性について説明しましたが、今回は「健全な野心」について話をしたいと思います。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):野心そのものが必要か否かと問われれば、「必要だ」というのが明確な答えです。そもそも野心がなければ、起業家にもなっていないでしょうが。

野心の出発点は何も「お金を稼ぐ」といったことだけではありません。「世界を変えたい」といった遠大なものもあるでしょうし、「身近で困っている人を助けたい」、「不合理な今のシステムを一掃したい」でも何でも良いのですが。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):グロースキャピタルを運営する立場として、我々は短期ではなく、長期の成長投資を志向しています。その上で、大きく成長する事業を構築しようとする「健全な野心」があることを重視しています。

逆に小さい成功で終始してしまうと、より大きな産業を創出できるような会社にリソースを割くという私たちの方針とも不一致が生じてしまいます。

朝倉:グロースキャピタルのビジネスモデルにも関わる話ですが、単に小さいイグジットで終わると、レイトステージからの支援では大したリターンを得ることができません。そうした意味で、「健全な野心」は、単なるお題目ではなく、経済的インセンティブ上も重要な条件です。

「健全な野心」なき成長は持続できない

小林:レイトステージに入ると、イグジットの規模を大まかに予想できるようにはなってきます。例えば「マザーズに上場したら、少なくともこのくらいかな」とか「M&Aされるとしたら、こんな感じかな」とか。

朝倉:創業チームも含めて、バリューが低いタイミングにエントリーしていた初期段階からの株主にとっては、変な言い方ですが、「小さい成功」と目されるような結果であったとしても、個別には十分なリターンを享受できるケースもあります。

変にリスクを追うよりも、サクッとイグジットする方が合理的だと判断されるケースもあるのでしょう。何を目指すかは人それぞれなので、そうした判断自体が悪いとは思いません。

小林:ただ「この程度のイグジットで良いかな」と妥協した途端、会社全体のモメンタムが失われていくことは否定できません。その後の成長性には大きな影響を及ぼすでしょう。

朝倉:スタートアップやベンチャー投資の文脈では、IPOは「イグジット」と呼ばれます。IPOを機にその会社との関係性が解消されるステークホルダーにとっては、たしかに「出口」ではあるのでしょう。ただ、会社から見ればIPOは単に資金調達の機会でもあり、「出口」どころか、それからさらなる旅路が始まるわけです。

上場後も継続成長を目指すのであれば、IPOでモメンタムが失われるようでは困るという話ですね。

村上:「健全な」という前置きには、会社の成長にともなって増えてくるステークホルダーへの配慮といった点も含意されています。

経営陣が創業者であり、なおかつ大株主である場合、ともすると独裁的な経営スタイルになりかねません。ただ上場企業として成長していくには少数株主をはじめとしたステークホルダーのことも考えなければなりません。そういう意味で、個人的な野心だけをエネルギー源としてしまうのも困りものです。

小林:経営者はそれぞれ大なり小なりの野心は持っているわけですが、「健全な」というのは自己利益ばかりでなく、何らかの社会課題を解決したり、それに基づく新たな産業を創出したりするということ。そういう大きなテーマにタックルしていこうという野心ですよね。

村上:一方で、ある程度の成功を収めると、野心を持ちづらくなるものです。だからこそ、しっかりとした野心を継続的に持ち続けられるような健全さが必要です。大きな仕掛けをどんどん実践していくためにも、そうした気持ちが必要でしょう。

さらなる成長を目指すときには、より多くの潜在的なステークホルダーを巻き込んでいかなければなりません。そのためには、自己本位な野心だけでは成立しません。

こうしたバランス感覚の有無は、その後の成長性を左右すると捉えています。

小林:まさに、次のステップに向かう段階で「うちの会社はこの程度のレベルではなく、もっと大きい目標を狙えますよ」という矜持があるかどうかは、長期的な投資家からの信頼を得る上で、大きなポイントになると思います。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:岩城由彦 記事協力:ふじねまゆこ)、signifiant style 2020/10/25に掲載した内容です。