少数派の大卒選手、ハンデをチャンスに

 中学、高校とこの先にさらにサッカーを極めていけば、別の次元で憲剛が示した偉大さに龍剛くんが気づく時が訪れるだろう。

 2020シーズンを終えた段階のJ1リーグ戦における通算出場数ランキングで、471試合に出場している憲剛は歴代で11位にランクされているのだ。さらにこれに“あるフィルター”をかけると堂々の1位となる。それは“大卒選手”であり、ジュビロ磐田などで活躍した筑波大学出身の藤田俊哉の419試合に大差をつけている。

 プロ野球と比べて旬の時期が長くはないサッカーでは、どうしても高卒の選手が通算出場試合数で上位を占める。加えて、憲剛の場合は最初の2シーズンをJ2で戦っている。さらに憲剛には「フロンターレに拾ってもらった」と言わしめる、加入時のエピソードがある。

 プロを志すも声がかからなかった大学4年時の憲剛は、自らを売り込む形でフロンターレの練習に参加し、約3カ月後に念願の内定を手にしている。現在よりもさらに華奢で、175cmと上背もなく、劣等感を抱きながらプレーしていたというアマチュア時代を振り返りながら、前述の引退セレモニーでのスピーチで憲剛はこんなメッセージを残している。

「体の小ささや身体能力(の低さ)はハンデじゃない。おそらく小中学生、高校生で悩んでいる子はいっぱいいると思います。でも、そうじゃないと僕のキャリアが言っています。みんなに可能性があります。自らフタをしてほしくないし、指導者の方も小さいから使わない、足が遅いから使わない、という目線で見ないでほしいと心から願っています。逆にそのハンデをチャンスだと思ってください。(中略)明日からまた新しい気持ちでボールを蹴ってほしいと思います」

 スピーチの流れのなかでは「フロンターレに入りたい、フロンターレを目指している子どもたち」へと位置づけられていたメッセージだったが、実際には龍剛くんを含めたサッカーを愛する日本中の子どもたちへ、そして日々奮闘する指導者へ伝えたかった、憲剛が抱く偽らざる思いだった。

 そして、一言一句を聞き逃すまいと必死に聞いていた、龍剛くん、桂奈ちゃん、里衣那ちゃんへ父親として、そして加奈子さんへはこれからも寄り添っていく人生の伴侶として感謝の思いを捧げた。

「パパは3人がいたからここまで頑張ることができました。3人にこの景色を見せられて父親として誇りに思います。(中略)加奈子さん、僕は多分、君がいなければここまでには育ってなかった。どんなときもポジティブなことを言ってくれて、前向きに自分とは逆のことを言って常に引っ張ってくれた。感謝しかないです。(中略)出会ったのは大学4年からですけど、ありがとう。これからもよろしくお願いします」

 自らを「こんな幸せな40歳はいない」と位置づけるように、最高の形で、万感の思いを置き土産にして憲剛はスパイクを脱いだ。試合展開との兼ね合いでピッチに立つことなく終わった、ガンバ大阪との天皇杯決勝を「これがいい筋書き」と笑顔で受け止めながら、憲剛は次なる人生をさまざまな分野で思い描く。

「フロンターレに入れる子どもたちを育てていくことも、フロンターレを大きくしていくことも、引いてはJリーグも日本サッカー協会もそうですし、日本サッカー界に貢献していきたい」

 フロンターレの永遠の象徴として、これからも日本サッカー界に貢献していくレジェンドの一人として、そして最高にカッコいい父親および夫として、憲剛は笑顔で第二の人生を歩んでいく。

(敬称略)