こうした貢献の中で、スポーツ界で揺るぎない地位を築いた森体制が出来上がった。「首相を動かせる男」を証明したのは2016年のリオ五輪の閉会式、リオから東京への旗渡し式での「安倍マリオ」の登場である。スポーツを政治がリスペクトする姿が世界中に伝わった瞬間であった。この時、長いスポーツ界への貢献を通じて森喜朗は政治の人からスポーツの人になったのである。

 バッハIOC会長もそのことをよく理解している。スポーツの仲間として今回の件も穏やかに解決したいと思っているだろう。だからこそ、その背景を察して、日本側が動かなければならない。

 しかし、橋本聖子五輪担当相も加藤勝信官房長官も、萩生田光一文科相も森氏の会長辞任を求めない。それは政治が組織委の人事に口を挟むことになり、オリンピック精神からはご法度だ。

 しかし、関係者の多くが辞任に言及しないのには別の理由がある気がする。

関係者が見据える五輪後のスポーツ界勢力図

 単に、「これまで森氏から何らかの恩恵を得て、地位を得たものは恩義には背くことはできない」というような理由だけではない。

 東京五輪成功の暁に広がる五輪後の日本スポーツ界の勢力図へのひそかな思いがあるからだ。森氏が率いた五輪の成功に浴する者は、森氏と共に歩んだ人々でなければならないのだ。

 例えば、スポーツ立国推進塾という塾がある。スポーツ立国というコンセプトを作り、スポーツ立国を担う人材を養成するための塾ということだ。その概要は不明だが、塾一期生のへの講義をまとめた書物が刊行されて知った。運営委員長の河野一郎氏は組織委副会長である。かつて日本スポーツ振興センターの理事長を努めた人物だ。組織委会長代行の遠藤利明氏が塾長らしい。書物の名称は「スポーツフロンティアからのメッセージ」であり、森氏とのつながりが深い両人の関わる塾は恐らく東京五輪成功後の大いなる発展を見込んでいるだろうと考えられる。

 彼らにとって東京五輪は開催されなければならない。そしてそれは森氏がリーダーとし存在するオリンピックでなければならない。どうしても会長職にいてほしい。「コロナがどんな状態でも五輪は開催する」と言い切って、政府も文句が言えないような存在者が必要なのだ。