経営学の大家ヘンリー・ミンツバーグ。『マネジャーの仕事』『戦略サファリ』などのベストセラーでも知られる氏が「これは私にとって12冊目の著書だ。これまで書いた中で一番真剣な本と言えるかもしれない」と述べるのが2月17日に発売となった『これからのマネジャーが大切にすべきこと』である。
本書は「マネジャーは欠点を見て選べ?」「意思決定とは『考えること』ではない」など、42のストーリーで構成されており、遊び心に富んだ表現で、マネジャーの仕事の本質を鋭く説いている。
今回はその中のストーリーの一つ、「ベストよりグッドを目指せ」を紹介する。
最高の仕事を成し遂げるのは、自分自身と競争している人
1997年、モントリオールからロンドンに飛び、ヒースロー空港に降り立った私は、寝不足で充血した目のまま、スチュアート・クレイナーのインタビューを受けた。クレイナーはデス・ディアラブと共著で、いわゆるマネジメント・グル(訳注:マネジメントに関するカリスマ思想家)をテーマにした本を書こうとしていて、私はそのための取材を何度か受けていた。
「グル」稼業は競争が激しいのではないかと、クレイナーに尋ねられた。「そんなことはまったくない。競争のプレッシャーを感じたことなんて一度もない」と、私は答えた。それに続けて、私は時差ボケの眠気と戦いながら、きっぱり言った。その一語一語をいまもよく覚えている。「最高のグルになんか、なりたいと思ったことはない。そんなのは志が低い。よいグルになら、なりたいけど」
傲慢な人間だと誤解しないでほしい。ほかの人たちより自分が優れていると言いたかったわけではない。一番を目指してはいないと言いたかったのだ。最高の仕事を成し遂げるのは、人と競争するのではなく、自分自身と競争している人だ。そのような人物は、ライバルの中でのベストではなく、自分のベストを尽くしている。
そもそも、何が「ベスト」かを、誰がどうやって決めるのか。チャイコフスキーはベートーベンより上なのか。エディット・ピアフが最高の音楽家なのか。誰にも答えは出せない。けれども、ピアフが素晴らしいことは間違いない。彼女の素晴らしさは他の音楽家との比較で語れるものではないから、「ベスト」などというラベルを張られる危険もない。経営学者のマイケル・ポーターは、ビジネスで競争力を得るための方法を精力的に論じ続けているが、記念碑的著作である『競争の戦略』(邦訳・ダイヤモンド社)を執筆したとき、ポーターは誰かと競争していたのだろうか。