火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。化学という学問の知的探求の営みを伝えると同時に、人間の夢や欲望を形にしてきた「化学」の実学として面白さを、著者の親切な文章と、図解、イラストも用いながら、やわらかく読者に届ける、白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』が発刊。発売たちまち5000部の重版となっている。
池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

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ドイツの化学兵器の父

 化学兵器の研究・開発で忘れてはならないのが、ドイツの化学者フリッツ・ハーバー(一八六八~一九三四)である。

 時は第一次世界大戦中の一九一五年四月二十二日、所はベルギーのイープルの地。ドイツ軍とフランス軍・イギリス軍の戦いのさなか、ドイツ軍の陣地から黄白色の煙が春の微風に乗ってフランス軍の陣地へと流れていった。煙が塹壕のなかへ流れ込んだ途端、兵士たちはむせ、胸をかきむしり、叫びながら倒れた。そこは阿鼻叫喚の地獄絵図そのものに変わった。

 史上初の本格的な毒ガス戦、第二次イープル戦の様子である。このとき使われたのが塩素だ。ドイツ軍は、イープル近くの前線五キロメートルにわたって一七〇トンの塩素を放出し、フランス兵五〇〇〇人が死亡、一万四〇〇〇人が中毒となったのである。

 この第二次イープル戦の後、イギリス軍は同年九月、フランス軍も翌年二月には塩素で報復した。ドイツも連合国(イギリス・フランス・ロシアなどの諸国)も優秀な科学者を動員して毒ガス製造に血道を上げたのである。

 塩素は黄緑色の気体で、産業革命で繊維産業が盛んになったときに布を白くさらす漂白剤のさらし粉製造に利用された物質だ。さらし粉は消石灰(水酸化カルシウム)に塩素を吸収させることでつくられる。

 ドイツは一八九〇年に食塩水を電気分解する工業的な方法で、きわめて良質の水酸化ナトリウムの製造に成功する。そのとき副製品として塩素ができた。水酸化ナトリウムは石けんやガラスの原料となる重要な物質でソーダ工業(ナトリウム化合物をソーダという)の中心的な物質だ。ガラスや石けんの需要が高まるとともに、塩素の生産量は増加したが、さらし粉や殺菌剤ぐらいしか活用法がなかったために、生産過剰になっていた。ドイツは生産過剰な塩素に目を付けて、第一次世界大戦に「利用」したのである。

 この毒ガス戦の技術指揮官こそハーバーだった。「毒ガス兵器で戦争を早く終わらせられれば、無数の人命を救うことができる」。彼が毒ガス兵器開発に他の科学者を巻き込んでいったときの論理だ。彼は盲目的とも言える愛国心の持ち主であり、異常とも言えるようなのめり込み方で化学兵器開発の先頭に立ったのである。