教師の回答がすべて

 ひたすら頭にたたき込む「丸暗記」や有無を言わさぬ「宿題の山」、音楽や美術の時間を削っての「教科重視」――私たち日本人からすればそれは「詰め込み型」の教育に映る。作文や読書の時間もあるにはあるが、生徒たちは、思ったことを率直に書いたり、発言したり、あるいはさまざまな思想に自由に触れることができる環境には置かれていない。今年都内の私大に合格した内陸出身の中国人留学生はこう告白する。

「授業そのものが『教師が生徒に教える』という一方向で、教師が学生に意見を求めることもほとんどありませんでした」

 中国にも「学習指導要領」のようなガイドラインがあるが、それは日本に比べてより強制力があるもので、教師が行うべき標準的な回答はすでに準備されているという。教科書のみならず、ドリルなど副教材の印刷物も統一されている。標準的な回答とは中国共産党の思想に沿ったものであることは間違いないだろう。

 こうした背景から、中国の学生たちは「自分の考え」を問われることに慣れていない。日本の大学入試に必須の小論文に面食らい、入学後の授業で教師が学生に「あなたの意見は」と発言を求めることに驚くのはそのためだ。