総合菓子メーカーの日本を超え、韓国では総合食品メーカーに

“タイムマシーン経営”によってチョコレートとアイス市場でも地歩を築いた韓国のロッテグループは、総合菓子メーカーとなった日本のロッテグループを超える、総合食品メーカーへの道をM&Aを中心に一気に駆け上がっていった。

 まず、「七星(チルソン)サイダー」で有名だった七星韓美飲料を買収し、1974(昭和49)年にロッテ七星を設立している。実は、同時期に日本でもロッテは高麗人参やトロピカルフルーツ「グァバ」のジュースやコーヒー飲料などを投入してソフトドリンク市場の攻略を目指していた(2004<平成16>年に撤退)。

 さらに74(昭和49)年頃、重光はサントリー社長の佐治敬三に酒類製造の協力を求めたが、輸入品に課される200%の酒税のために断念し、自力で新工場を設立し、中小規模や破綻した企業の免許を買い集めてロッテウイスキーを立ちあげた。また、アイスクリームメーカーを買収して、78(昭和53)年ロッテサムガン(現・ロッテフード)を発足させ、その子会社としてロッテ乳業を設立、この会社はロッテ畜産、ロッテハム、ロッテ牛乳へと姿を変えてロッテフードの一員になった。

 韓国のロッテグループは前述したようなM&Aが一巡した時点で製菓だけでなく、飲料、酒類から乳業・畜産までを擁する総合食品メーカーに姿を変えていたのである。

 重光は、急拡大する韓国ロッテグループの総合管理に向け、運営本部を発足させ、ロッテ製菓社長からグループ会長に就任した。78(昭和53)年3月のことである。一年の半分は韓国、残り半分は日本で過ごすため、日本と韓国を行き来する重光の40年にわたるシャトル経営が本格化していた頃のことだ。

 同じ年の5月17日、韓国紙・京郷新聞が「透徹した祖国観と反共精神で韓国社会の経済・文化的地位の向上に貢献した在日韓国人73人に国民勲章を与えた」と報じた。国民勲章とは、国民の福祉向上および国家発展に寄与した功績が明確な者に政府から授与されるもので、重光と、「西日本最大の紡績王」と呼ばれ韓国に紡績工場を設立した徐甲虎(ソ・ガプホ)の2人だけが国民勲章1等級の無窮花(ムグンファ)章を共に受けている。

 母国から最上位の勲章を贈られる栄誉を受けた重光だが、重光のその後の成功譚から見れば、これすら絶頂ではなく、まだその通過点に過ぎなかった。翌79(昭和54)年には、ロッテホテルとロッテ百貨店の韓国での開業が控えており、その10年後にはロッテワールドが開園する。まさしくロッテ経営の成長エンジンはフルスロットルの状態が続くのである。次回は、朴正熙政権の下での、韓国ロッテグループのホテル、百貨店事業の軌跡を見てみよう。

<本文中敬称略>