室町時代の能楽師・世阿弥。実は能役者、作家であるだけでなく、結崎座(観世流)を率いる経営トップでもあった。また、近年注目を集めている世阿弥が記した能の理論書『風姿花伝』は、亡父・観阿弥の教えを基に、能の修行法・心得・演技論・演出論・歴史・能の美学など世阿弥自身が会得した芸道の視点からの解釈を加えた著述で、もともとは公開が前提ではなく、後継者に伝えるための秘伝の書だったという。さらに世阿弥は、40歳ごろから約20年にわたり、芸の知恵を息子・元雅に書き継いだ伝書『花鏡』も残している。
今回は、連載『名著で読み解く新常態』の著者・秋山進氏がコーディネーター役となり、世阿弥を敬愛するジャパネットたかた創業者の高田明氏と観世流能楽師の武田宗典氏と、世阿弥の名言を取り上げながら、現代社会を生き抜くヒントを語り合う。3回シリーズの第1回は、『花鏡』に登場する世阿弥の名言「初心忘るべからず」について解説、議論する。(※「高田」の正式な表記は“はしご高”)
高田明さんと世阿弥の出会い
能楽師にとっての世阿弥とは?
秋山 世阿弥は能楽師でありながら、一座を率いる経営者でもあったわけですが、高田さんの世阿弥との出会いは?
ジャパネットたかた創業者、A and Live代表取締役
1948年長崎市平戸市生まれ。大阪経済大学卒業後、機械製造メーカーに就職し通訳として海外駐在を経験。74年に父親が経営していた「カメラのたかた」に入社。86年に分離独立して株式会社たかたを設立、代表取締役に就任。90年にラジオショッピング、94年にテレビショッピングに参入し、99年ジャパネットたかたに社名変更。2015年1月、ジャパネットたかたの社長を退任し、同時にA and Liveを設立。17年4月にはサッカーJ2クラブチーム「V・ファーレン長崎」の代表取締役社長に就任、20年1月1日に退任した。世阿弥を敬愛し、『高田明と読む世阿弥』という著書もある。 Photo by Kazutoshi Sumitomo
高田 私は昔から能を見ていたとか、もともと世阿弥の本に親しんでいたわけではありませんでした。ただ、10年ほど前でしょうか。ある社員が私の部屋にやってきて、「ずっと好きで読んでいる本があります。社長が普段言っていることと同じことが書いてあるので、ぜひ読んでみてほしい」と一冊の本を置いていったのです。それが『風姿花伝』でした。
読んでみて驚きました。恐れ多いのですが、書かれていることに全て共感できました。まるで自分の思っていることを代わりに書いてくれているかのようで、思考が共振しているような錯覚にとらわれました。
そこから私は世阿弥に魅せられ、何十回となく読み返し、観世文庫理事でもいらっしゃる明治大学学長の土屋恵一郎先生や、能楽研究者で武蔵野大学名誉教授の増田正造先生とご一緒する機会もあり、のめり込むようになりました。芸を追究する志、本から伝わる豊かな人間性ゆえに、憧れの人であり、会ってみたい人です。
秋山 武田さんは観世流の能楽師でいらっしゃるので、世阿弥はやはり神様のような存在なのでしょうか。
武田 世阿弥の父・観阿弥が観世流の祖で、現在の二十六世観世宗家の源流ですし、今日演じられている作品も半数以上は世阿弥が作ったり、手を加えたりしたものですから、世阿弥なしに現在の能楽を語ることはできない、そういう大きな存在です。ただ、偉い神様というよりも、非常に親しみを持っています。常にそばにいて下さっているように感じますし、見守って下さっている先生のようなところもあります。