娘さんは、母の息を引き取る瞬間に間に合わなかったと知って悲痛な落胆の表情を浮かべましたが、先に到着していたお兄さんがこう声をかけました。

「お母さん、まだあったかいよ」

 その言葉に、娘さんはお母さんの手を握りました。
「ほんとだ」
 そして、すでに息が止まっているのはわかっていたはずなのに、
「お母さん、温かいね。間に合ってよかった」
 と言ったのです。

 他にも、息を引き取る瞬間に間に合わず落胆していたご家族が、ぬくもりに触れることで落ち着きを取り戻し、

「ほんとだ。まだあったかいね、寝ているようだね」

 そう生きている人に声をかけるように話しかけるのをよく見かけます。

 ご家族が着いたときには、残念ながらすでに息が止まってしまっていたということは珍しくありません。
 60代の息子さんは、お母さんが死ぬという現実をまったく理解できていないようでした。

「そろそろお母さん、息が続かなくなりますよ」
 そうお話しして、個室に移動したその日の夕方、息子さんは帰り際にこう尋ねました。
「また元気になったら、家に戻れるんでしょ?」
「いや、もう元気になることはないように思います」
 でも、それが息子さんには全然理解できていないようでした。

 その夜、お母さんは息を引き取りました。