火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。化学という学問の知的探求の営みを伝えると同時に、人間の夢や欲望を形にしてきた「化学」の実学として面白さを、著者の親切な文章と、図解、イラストも用いながら、やわらかく読者に届ける、白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』。日本経済新聞夕刊(2021/4/8「目利きが選ぶ3冊 」評者:竹内薫氏)、読売新聞夕刊(2021/4/5「本よみうり堂 ひらづみ! 」評者:恩蔵絢子氏)、毎日新聞(2021/4/24 評者:小島ゆかり氏)と書評が相次いでいる。発売たちまち4万部を突破し、池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

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第二次世界大戦の激化

 微生物によってつくられた、微生物や細菌の生育を阻止する物質を「抗生物質」という。最初に人体に応用された抗生物質はペニシリンである。

 一九二八年、アレクサンダー・フレミング(一八八一~一九五五)は偶然に混入したアオカビが、黄色ブドウ球菌の発育を抑える物質を出していることを発見。このカビが出す抗菌性物質を「ペニシリン」と名づけたが、発見当時はあまり注目されなかった。

 ペニシリンの研究が再開されたのは一九三九年頃、ハワード・フローリー(一八九八~一九六八)、エルンスト・ボリス・チェイン(一九〇六~一九七九)らによる。彼らは、戦争(第二次世界大戦)の激化で傷病兵が増えていることから、新しい薬を探していたのだ。

 一九四〇年には培養液からペニシリンが抽出され、部分精製にも成功。その後、大量生産も可能になり、一九四四年、イギリス・アメリカの連合軍によってドイツ占領下のフランス・ノルマンディー海岸で行われた侵攻作戦「ノルマンディー上陸作戦」までには広く使われるようになり、多くの傷病兵の命を救った。

 はじめはアオカビなどの生合成(生体内の物質の合成)による天然ペニシリンが生産されていたが、一九五〇年代にペニシリンの分子構造が明らかになると、天然のペニシリンを化学的に部分変化させた半合成ペニシリンが登場し、主流を占めるようになった。現在は化学構造の違いによって、種々のペニシリンがあり、ペニシリンは肺炎をはじめ多くの化膿性の疾病のほか、敗血症、産褥熱、梅毒などに著しい効果を示している。

 こうしたペニシリンの成功は、化学者や微生物学者を感染症に有効な物質探しに駆り立てた。セルマン・ワクスマン(一八八八~一九七三)は土のなかで結核菌が死ぬことからヒントを得て、一九四四年に放線菌の培養液から、結核菌に効果を示すストレプトマイシンを抽出した。この新しい抗生物質の発見により結核の死亡率が激減したのだ。

 放線菌からはその後、テトラサイクリンやクロラムフェニコールなどの多くの抗生物質が見つかっている。