「職人芸」や「直感」を
再現するディープラーニング

──次のテーマは「データの重要性」です。「いまあるデータは使いにくくて……今後どういうデータをためればいいでしょうか?」という相談はよくあるように思います。いかがでしょうか?

堀田 実は、ログデータが何千、何万とたまっている業界は少なくありません。私もDXの担当者さんから「うちにはデータはある。ただ、これをどうやってビジネスのバリューにつなげていくか、知恵が足りない」みたいなことをよく言われます。

 でも、ここにあるデータをどう活用するか、という発想自体が本来おかしいのです。順番がまったく逆で、まずこういうことがやりたいという目標地点が先にあって、そのためにはどんなデータが必要なのか、というのが本来の姿のはずです。「先にパーパス(purpose)ありき」なのです。パーパスがはっきりしているから、このデータはいらないとか、このデータは利用価値が高いといった話ができるわけです。

 本の中でも紹介したアメリカの損保スタートアップの「レモネード」は、「Forget Everything You Know About Insurance(保険についての知識は全部忘れて)」というコピーを掲げています。チャットボットを使ってわずか数十秒で加入できたり、保険請求もごく短時間で審査できるようになっているのは、保険審査にまつわるユーザーの不安やイライラを解消するというパーパスがあるからです。

「時短」を追求するためには、個々のユーザーが信用できるか、ウソの請求をする可能性はどれくらいあるかを表す「信用スコア」のようなものが不可欠で、そのスコアの精度を上げるためには、こんなデータが必要だという具合に、ブレイクダウンしていくことができます。ですから、先に何を成し遂げたいかというパーパスがまずあって、そこが起点になっていくのが正しい姿だと思います。

北野 データを継続的に生み出し、集まれば集まるほどクオリティが上がるループをつくることがポイントになります。そのためには、AIシステムを導入しただけではダメで、組織としてどういうふうに仕事のループを変えていくかという視点が不可欠です。

 たとえば、非構造化データをAIにどんどん突っ込んでいくことで、自分たちの仕事において何が重要かが見えてくる。そうすることで暗黙知が形式知になるループが回りはじめるわけです。形式知になれば記述できるので、そのデータは扱えるようになる。そういう知識生成のサイクルを回していくことが、AIを継続的に使っていくときには非常に重要になる。「もっとデータがほしい」と言われても、そもそもデータがコンスタントに生み出されるような構造が組み込まれていなかったら、データを集めることなんてできっこないんです。これは1980年代からずっと言われてきたことですね。

堀田 あとポイントになるのが、AIにできてITにできない、AIにしかできない「直感」に近い部分です。人間は直感的な判断や動作をたくさんやっていて、そこにすごく価値があったりするわけですが、ディープラーニングの登場で直感操作っぽいことがAIでもできるようになりました。いままで職人芸と呼ばれてきたものが、AIでも再現できるようになってきたのはそのためで、たとえば、熟練した医師のようにX線画像からガンを見つけるAIが出てきています。

 それまで暗黙知で言語化されていなかった部分を形式知にしていくには、医師がX線画像をどう評価したかというデータも必要です。さらに、どうしてそういう判定をしたのかをAIにどんどん説明させて、その理由が正しいかどうかを人間が判定するフィードバックループを回せば、IT時代のナレッジマネジメントとは別次元のものになるのではないかと期待しています。

「データはあるが、使い方がわからない」という企業に欠けている視点【ゲスト:北野宏明さん】堀田創(ほった・はじめ)
株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト
1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。

後編に続く)