AIは人の仕事をサポートする
──ヒューマン・イン・ザ・ループ

──ディスカッションの最初のテーマは「人工知能活用の現実」ということで、AI活用とひと口に言っても、「簡単そうに見えて難しいことと、難しそうに見えてできること」があると思うのですが、北野先生はいかがでしょうか?

北野 そもそも解きたい問題はだいたい「簡単そうに見えて難しい」のです。最初は簡単そうに見えても、実用レベルにもっていこうとすると、たいてい難しい。

 それに、AIに行く前の段階が実はすごく難しかったりします。データがあると思っていたのに、よく見るとデータがちゃんとそろっていないとか、ノイズが多すぎて使えないとか。ディープラーニングするにしても、もともと非構造化データだから、実際にデータとしてまとめようとすると、うまくいかなかったりする。

 もう1つは、AIのモジュール自体はがんばればそれなりのものがつくれます。でも、それを実際の業務プロセスの中にちゃんと入れ込んで継続的に回していくという部分は、実は、テクノロジー論ではなく組織論だったり、ビジネスモデルだったりするんです。その部分ができていないから、プロトタイプをつくって終わり、という話が山のように転がっています。

堀田 「難しそうに見えてできること」でいうと、みなさんがまったくできないと思っているけれど、意外とAIにもできることはけっこうあるんです。でも、ちょっとできるだけで、完璧にはできない。なので、実用化レベルにもっていくのが難しい。その中間に、いろんなAIがあるのかなと感じています。

 たとえば、ミーティングの議事録作成やマシントランスレーション(機械翻訳)の精度も上がっていて、いまやグーグル翻訳に英文契約書の条項を入れるとかなり正確に訳してくれます。それなら弁護士はいらなくなるかというと、そこに行くまでにはものすごい距離がある。弁護士から見れば、その翻訳はまだ実用レベルに達していないということです。

 つまり、AI単体で見ると、まだ実用レベルにはないので使えないという話になりがちですが、じゃあAIは何の役にも立たないかというと、そんなことは全然なくて、下訳として使う分には問題ないわけです。つまり、弁護士の負担を軽減するサポート役と考えれば、AIはかなり優秀で、そういうAIと人のコラボレーションを「ヒューマン・イン・ザ・ループ」と呼んで、本書でも詳しく論じています。

平野 まさにそのとおりで、お客様の中には、「すべてAIがやってくれる」と思っている方が非常に多いです。でも、AIは人をサポートして、使っているうちに、いつのまにか学習データがたまっていく。そういうループをつくることが重要なんだとお伝えすると、「なるほど」とわかってくださる方もいます。ヒューマン・イン・ザ・ループがAI活用の鍵ですね。

「データはあるが、使い方がわからない」という企業に欠けている視点【ゲスト:北野宏明さん】平野未来(ひらの・みく)
シナモンAI代表
シリアル・アントレプレナー
東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。iOS/Android/ガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。ST.GALLEN SYMPOSIUM LEADERS OF TOMORROW、FORBES JAPAN「起業家ランキング2020」BEST10、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019 イノベーティブ起業家賞、VEUVE CLICQUOT BUSINESS WOMAN AWARD 2019 NEW GENERATION AWARDなど、国内外での受賞多数。また、AWS SUMMIT 2019 基調講演、ミルケン・インスティテュートジャパン・シンポジウム、第45回日本・ASEAN経営者会議、ブルームバーグTHE YEAR AHEAD サミット2019などへ登壇。2020年より内閣官房IT戦略室本部員および内閣府税制調査会特別委員に就任。2021年より内閣府経済財政諮問会議専門委員に就任。プライベートでは2児の母。