「経験学習」の考え方をしっかり取り入れた3つの研修

永田 実際、御社は「室長向け1on1研修*3 」「3年目研修*4 」「MMリーダー研修*5 」において、経験学習の考え方をがっちりと入れ込んでいますよね。「室長向け1on1研修」は、すでに三井物産の室長約500人が受講されたと聞きました。その研修内容を具体的に教えてください。

*3 三井物産では「室」が1つのビジネスユニット(最少単位)になっており、社員は基本的にどこかの「室」に所属し、そのリーダーとしての「室長」が在籍する。三井物産人材開発では、その室長に向けた、1on1ミーティングの研修を行っている。
*4 3年目研修は、3日間の合宿形式で行われ(コロナ禍ではオンラインにて実施)、経験学習理論に基づくかたちで、「組織の現状理解」「これまでの経験の振り返り」を行ったのちに、先輩社員を迎え、「自分たちのありたい姿」などを議論していく。
*5 MMリーダーの「MM」は「マンツーマン」の意味。配属部署の先輩がMMリーダーとなって、新入社員1人に1人ずつ付き、仕事の指導はもちろん、悩みごとなどの相談相手にもなっている。三井物産人材開発では、「MMリーダー制度」を「現場での育成」の一丁目一番地としている。

亀山 他の研修でも「経験学習」の考え方を取り入れていますが、あげていただいた3つの研修は代表例ですね。「室長向け1on1研修」というのは、部下の経験学習を、室長が上手に支援する方法を学んでもらうための研修です。室長には、まず、経験学習のメカニズムをきちんと理解してもらいます。そして、部下が効果的に経験を振り返ることができるように、「この2週間の仕事を振り返ってみようか。何に成功して、何に失敗した? ポイントはどこだったと思う? その経験を次に生かすためには、どんな工夫ができると思う?」といった質問方法などを学んでもらうのです。研修は、実際に、2週から1カ月に1回30分、部下との1on1ミーティングを実施する施策とセットになっています。

永田 部下が自分ひとりで経験を振り返るのは、難しいことなのでしょうか?

亀山 一般論として、難しさがあると言われています。失敗に向き合えない人もいれば、成功の裏にどのような工夫があったのかに意識が向かない人もいます。そこで、室長が失敗や成功の要因を言葉にする手助けをしてあげると、言語化され、認知できるようになります。これにより、経験からの学びの効率、つまり“燃費”が上がっていくのです。

永田 研修を終えた室長の皆さんと1on1を終えた部下の皆さんに大規模なアンケート調査と分析研究を行ったそうですね。その結果から見えたことはありますか?

亀山 例を1つあげると、満足度の高い1on1ができる室長たちには「部下の感情に寄り添うことができる」という共通点があることが分かりました。良いことであれ悪いことであれ、人が経験を振り返るときには「すごく悔しかった」とか「すごく嬉しかった」という感情が大きく出てくることがあります。失敗や成功のヒントは、そこに隠れている可能性が高く、部下の感情にしっかり寄り添っている室長たちは、その感情の振幅を見抜いて振り返りのきっかけを作ることで、1on1の満足度を上げていました。

永田 それは興味深いですね。「感情のサインを見逃さないことが重要」といったアンケート結果の声は、室長さんにもフィードバックされたのですか?

亀山 はい。サイエンスを仕事に生かすというのは、こういった分析結果を生かして研修コンテンツをアップデートすることにほかなりません。実際、室長向け1on1研修の内容は、年を追うごとにどんどん良くなってきていると思います。

永田 どうすれば、上司は部下の感情に寄り添えるようになるでしょう? そのコツはありますか?

亀山 共通して見えたことは、相手に関心をもって、きちんと傾聴する姿勢でした。そして、「部下の振り返りを支援するために、感情のサインを見逃さない」という注意をもって1on1に臨む意識でした。これはサイエンスですから、大事なのは再現性です。「できる・できない」は上司の人間性や素養次第だと結論づけてしまうと、学んでも無駄だということになりかねません。再現可能な要素に分解し、翻訳して室長に伝えるということが、私たちのプロフェッショナリティの1つの要素だと思っています。

永田 逆に、部下の皆さんの心構えも1on1の成果に影響してきますか?

亀山 はい。部下に1on1の目的をきちんと認識してもらうということは、まさにいま意識して取り組んでいることです。1on1を通常の「業務打ち合わせ」だと認識して、この先の2週間に何をするかという話に終始してしまうこともあるようです。部下の側が1on1本来の目的を認識していれば、「室長を壁打ちの相手役としてうまく振り返ろう」という意識が生まれ、さらに振り返りの効率が上がるはずです。

>>『入社「3年目社員」のモチベーションを上げていく方法とは?』 に続く

永田正樹

聞き手●永田正樹 Masaki Nagata

ダイヤモンド社HRソリューション事業室部長 兼 ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役。博士(経営学)、中小企業診断士、ワークショップデザイナーマスタークラス。「アカデミックな知見と現場を繋ぎ、人と組織の活性化を支援する」をコンセプトとし、研究者の知見をベースに、採用・育成・定着のスパイラルをうまく機能させるためのツールやプログラムの開発に携わる。また、企業のOJTプログラムや経験学習の浸透のためのコンサルテーションも行っている。

*当インタビューは、新型コロナウィルス感染症に対する万全な予防対策のうえに行われました。被写体は、撮影時のみマスクを外しています。