三井物産人材開発株式会社は、「人の三井」を支える人材開発のプロフェッショナル集団だ。三井物産株式会社とグループ会社を対象に年間500もの研修を行う同社の組織開発・人材開発は「サイエンスと思いやり」を意識しているという。自らの体験から「経験学習」の重要性を説く、同社・代表取締役社長の亀山巌氏と、幅広く研修の企画運営に携わる人材開発部長の佐々木孝仁氏に、サイエンスで「人の成長を支援する」方法を聞く。(聞き手/永田正樹、構成・文/棚澤明子、撮影/菅沢健治)
*本稿は 部下の感情に寄り添い、仕事の成長を促していく上司とは? の続きです。
自分の仕事を改めて見つめ直せる「3年目研修」の価値
永田 「3年目研修」の目的や背景について、人材開発部長の佐々木さんから、教えていただけますか?
佐々木 入社以来、突っ走ってきた新入社員が壁にぶつかったり、成果を出して認められたりし始めるのが3年目くらいです。人によっては、悩みを開示できなかったり、部署や仕事に悶々としたりしながら日々の仕事に向き合い続けて、視野が狭くなっているケースもありますね。このタイミングで、同期との対話を通して経験を振り返ってもらうことで、その後の成長を加速させよう、というのが「3年目研修」です。「3年目研修」を行う時期までの約2年半という大きなサイクルで振り返ることには、自律的成長を促すことと、今後に向けて成長の道筋をつけること、という2つの目的があります。「3年目」というタイミングが非常に重要です。
永田 同期との間に、仕事に対する意識の差がつき始める時期でもありますよね。そのような状況のなかでモチベーションアップを図る、という意図もあるのでしょうか?
佐々木 そうですね。「3年目研修」は同期から触発されたり、お互いに切磋琢磨したりすることをモチベーションアップに繋げる場でもあります。というのは、総合商社では配属先によって仕事内容が異なるので、同期の仕事や成長を知ることが健全な焦りや刺激に繋がるんです。この研修には、同期とのグループ討議で気持ちを吐露することによって自分自身の原点を思い出し、「もうちょっとがんばってみよう」と思える作用もあります。
永田 最近の3年目世代は、キャリアの意識が非常に強いとうかがいました。自身の成長と今後のキャリアを重ね合わせられるような施策は何か用意されていますか?
佐々木 昨年度(2020年度)から、「3年目研修」のなかにジョブ・クラフティングというセッションを導入しました。「この仕事は自分にとってどのような意味があるのだろう、どのような工夫ができるのだろう、関係者とどのように広く・深くかかわれるだろう」という3つを振り返ることによって、キャリアという観点で仕事を見つめ直しながら、自分にとっての仕事の意味づけを変えるなど、自分と仕事の接続を図るセッションです。
永田 なるほど。3年目研修を受講された皆さんの反応はいかがですか?
佐々木 とても強い手応えを感じています。研修のカリキュラムが狙いどおりということもありますが、タイミングもいいのでしょうね。3年目というと異動を経験した人もいるし、これから海外に出る人もいるし、仕事の選択肢が広がる時期でもあります。このタイミングで同期から刺激を受けることが、自分自身を振り返り、今後を考えるためのガソリンになるのでしょう。そこに経験学習理論を入れ込むことで、単に同期と刺激を与え合うだけでなく、メカニズムをもってしっかり振り返り、成長できる仕掛けになっている、という点がコアだと思います。
永田 大学との共同研究は、この「3年目研修」もテーマにして行ったとうかがいました。研究の内容と結果を教えていただけますか?
佐々木 活躍する社員がどのような経験学習をしているのかを分析し、その方法論を抽出することで再現性を持たせ、活躍する人を増やしていこう、という目的で行った共同研究でした。実際、内省するために約120人の3年目社員が記入したシートを分析した結果、活躍している社員に共通する内省方法が3つ浮かび上がってきました。1つめは、不安、焦り、迷い、苦しさ、プレッシャーなどのネガティブな感情をしっかりと捉えて、それをポジティブな方向に向けるために咀嚼していること。2つめは、感激、自信、責任感、充実感、熱意、好奇心などのポジティブな感情をしっかりと内省し、仕事をする上での原動力にしていること。3つめは、成功したことをきちんと振り返っていることです。日本人は失敗したことばかりを振り返りがちですが、それだけでなく、成功したこともきちんと振り返ることで、再現性を高めているのですね。
三井物産人材開発株式会社
人材開発部長 佐々木孝仁 Takahito Sasaki
一橋大学経済学部卒業、2005年に株式会社リンクアンドモチベーションに入社、その後教育系ベンチャー企業を経て、2009年に三井物産人材開発株式会社入社。三井物産グループ向け研修の企画・開発・講師や各種研修起ち上げ等を経験。2017年にアジア・大洋州三井物産(株)(在シンガポール)に出向し、アジア地域の育成体系再構築を主導。2021年より現職。人材開発部門の責任者を務めつつ、各大学との共同研究をリードしている。立教大学大学院経営学専攻(リーダーシップ開発コース)在学中。