「成長させる」のではなく、「自分を育てる」を支援する

永田 亀山さんから「(以前)採用と研修に携わったことがきっかけで、経験学習の重要性に気づいた」というお話をうかがいましたが、こうして現在の研修のあり方をうかがっていると、経験学習理論を取り入れたことによって、御社の人材開発スキルがいかに大きく発展したのかが改めて伝わってきます。

亀山 ありがとうございます。現職に就いた際、どうしたら組織として人材開発のケイパビリティをあと一段、二段上げられるだろうかと考えました。結果として「2つのこと」を鍛えようと決めました。1つは、研修を企画する能力そのものです。これは、教授法、インストラクショナルデザインとよばれるもので、学校の先生が授業を企画するための方法論と思ってください。「この生徒たちにいま何を教えるべきなのか、そのためにはどんな教材が必要で、どんなテストをすれば、最終的に教えたことになるのか?」というメソドロジーです。そして、もう1つが経験学習です。

永田 研修企画のテクニックだけでなく、大人の成長のメカニズム、もっと人の成長の根本に近い部分を理解して、仕事に落とし込むことを目指したのですね。

亀山 そうです。成長を支援する相手は一人前の大人ですから、他人が成長させるものではなく、「自分を育てる」大人の成長を支援することが私たちの仕事になります。そう考えると、他者の成長を支援するには、「大人は何から学ぶのだろう?」という成長のメカニズムを理解する必要がありますよね。そこをしっかりと語っている経験学習理論を理解すれば、私たちはより高い専門性をもって研修を企画できる支援者になれると思い、大学との共同研究というかたちで勉強させてもらうことにしたのです。

永田 実際、「3年目研修」「MM リーダー研修」ともに、研修後のアンケートなどを共同研究における分析材料とし、そこから得られたことを独自のハンドブックに落とし込むなど、とても良いスパイラルを作っていらっしゃいますね。

佐々木 はい。そうしたハンドブックを見て、「この部分を生かしていきたい」とか「この先輩に会って話を聞きたい」などという声があがるようになりました。一般論ではなく、三井物産で活躍する社員を研究した独自の方法論だからこそ納得感があって、参考にしたい、活用したい、という声に繋がっているのでしょう。研究結果を生かすことで研修の質を高めていくということが、私たち独自の“サイエンスに基づいた専門性の進化”だと思っています。そして、その結果として人材主義を大切にする三井物産が連綿と続けてきた「三井物産(グループ)の人は三井物産(グループ)の人が育てていく」「育てられた人が次の育成者になっていく」というカルチャーがしっかりと根付いて、さらにいまの時代に合わせたかたちで発展していくなど、長期的な効果を生み出せたらうれしいですね。

永田 経験学習サイクル自体が御社の仕事のメカニズムに組み込まれているのですね。研究という手段を利用して内省し、その結果を分析し、そこから育成のノウハウを抽出して次の研修で展開されていますから。ノウハウを蓄積するだけでなく、このスパイラルを回していくことによって、専門性をブラッシュアップされているのだと感じました。

亀山 そうありたいです。そして、できればそのノウハウを、世の中に向けて発信できるような価値ある存在になりたいですね。これからも成長サイクルを自社だけで閉じず、オープンに、他者の力を大いに借りて学びながら、他者と共にスパイラル“アップ”を目指していきたいと思っています。

永田正樹

聞き手●永田正樹 Masaki Nagata

ダイヤモンド社HRソリューション事業室部長 兼 ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役。博士(経営学)、中小企業診断士、ワークショップデザイナーマスタークラス。「アカデミックな知見と現場を繋ぎ、人と組織の活性化を支援する」をコンセプトとし、研究者の知見をベースに、採用・育成・定着のスパイラルをうまく機能させるためのツールやプログラムの開発に携わる。また、企業のOJTプログラムや経験学習の浸透のためのコンサルテーションも行っている。

*当インタビューは、新型コロナウィルス感染症に対する万全な予防対策のうえに行われました。被写体は、撮影時のみマスクを外しています。